市馬の「笠碁」2014/06/07 06:28

 「凝っては思案に能わず」と、市馬は始めた。 「凝っては思案に余る」と も、辞書にある。 サイコロ、花札は、品がよくないけれど、碁将棋は手軽で、 楽屋でも流行っていた。 (余談だが、馬場は最近の朝日新聞『こゝろ』の連 載で、漱石が「将棋盤」を「将碁盤」と書いていたのを知った。漱石の表記に はいい加減なものもあるらしい) 志ん生は「待ったクラブ」というのをつく っていて、最終的には志ん生師が勝つことになっていた。 勝たないと機嫌が 悪く、出番を削られたりする。 小さんは、大山名人に飛車角落ちで勝ったん だよ、と自慢していた。 負けてくれたのに、無邪気なものだ。

 待ちなさい、一つなんだから、ここだけだよ。 駄目、待ちません。 一昨 年の暮の29日、商売で二百必要になったというので、貸したのを忘れたか。  返したでしょ。 年が明けて、少し待ってくれといわれたけれど、どうせ年寄 のこぶくろぜに(小袋銭?)だ、あん時、待てないと言ったかい。 お金はお 金、碁は碁でしょ、慈悲の心がないと。 やめましょう(碁盤をゴチャゴチャ にする)。 そんな、我儘な。 ああ、私は我儘だ。 そういう方とは、お付き 合いができない。 帰れ、帰れ。 なんだ、ヘボ。 このザル、隙間だらけだ。  金輪際、あなたとは碁は打たない。

 よく降る雨だねえ。 婆さん、お茶を淹れておくれ。 猫ばかり可愛がって いて、なかなか茶を淹れない、この猫ババア。 お退屈そうですね。 足駄(高 下駄)を履いて、傘を借りて行くよ。 あれは私があとで差すんです。 隠居 所に傘があったっていいんだ、大山詣りの笠があったな、こいでよかろう。 笠 なんかで濡れませんか。 濡れないよ。 あいつが、店に座っていればいいん だが…。

 貞吉、火がありませんよ。 長松、これが掃除のうちに入るか、これが…。  お客様をもてなす気持が出るんだ。 子供が這い這いして来たよ、子供を店に 出すんじゃないよ。 (番頭が)ご退屈で…。 息してるだけだ。 碁会所で も行かれたらどうですか。 相手がいない、みんな強すぎるんだ。 あん時、 仲裁してくれりゃあ、よかったんだ、お前さん不実だよ。 あいつも些細なこ とを、引きずるんだ。 あいつは痔持ちなんだ、雨で痛みゃあせんか。

 美濃屋が出て来ましたよ。 甘いものが好きだから、取って置きの羊羹を切 って。 何で菅笠なんかかぶってんだ。 あれ、首をふりながら、行っちゃっ たよ。 あいつも、私としか打てない碁なんだ。 帰って来たよ。 あら、帰 っちゃったよ。 いた、いた、郵便ポストの脇に。

 盤を、こっちへ持ってきな。 あいつは巳年だから、執念深いんだ。 パチ ッ! パチッ! 胸が、スーーッとするね。 おい、ヘボ。 待てないのが、 ヘボだ。 なんだ、ザル、この大ザル。 ザルだか、ヘボだか、一番やってみ るか。 そう、喧嘩はよしましょうよ。 おかしいな、盤に水が垂れる。 拭 いても、また水が…、なんだ、お前さん、笠かぶったままだ。

 「笠碁」、ちょうど梅雨の季節の噺だ。 小三治に代って、落語協会会長にな るという市馬、幼馴染同士の微妙な心理の可笑しさ、哀しさを見事に描いてみ せた。