『ライオンのおやつ』原作とテレビドラマを比べる2021/08/13 06:51

 BSプレミアムのドラマ『ライオンのおやつ』は、まことに美しい。 「ライオンの家」の家具調度や食器類も、海野雫の衣装もなかなか凝っている。 原作では「ライオンの家」が瀬戸内海のレモン島にあるが、ドラマでは八丈小島を望む八丈島にある。 海野雫が仲良くなった白い犬の六花(ろっか、雪の意)と散歩に出て、タヒチ(田陽地)君という青年と知り合う。 タヒチ君の畑は、本だと高齢化と安いレモンが外国から入って耕作放棄地となった土地で葡萄を育て、ワイン作りしているのだが、ドラマでは明日葉(アシタバ)を育てている。 これを見て明日葉がけっこう大きな植物だと知ったが、明日葉と八丈島のことは、昔愛読していた團伊玖磨さんの『パイプのけむり』でよく読んでいた。

 本で33歳の海野雫は、ドラマ(土村芳(かほ))で29歳の設定だ。 主な配役はマドンナ(鈴木京香)、タヒチ君(竜星涼)、狩野シマ(かとうかずこ)、狩野舞(濱田マリ)、父で叔父の坂口弘人(石丸幹二)、妻早苗(西田尚美)、娘梢(新井美羽)。

以下、ネタバレ注意。 海野雫の父、坂口弘人はチェロの演奏家になることを夢見て音楽大学に入った。 珠美という双子の姉がおり、自分は高校を卒業するとすぐに就職して、弘人が音大に通う学費まで援助してくれた。 20歳前に結婚して、授かった子供が雫だった。 しかし夫婦は思いもよらない事故に巻き込まれて、雫だけが残された。 当時、彼女を引き取って育てられる状況の大人が、弘人しかいなかった。 弘人はプロのチェロ奏者になることを断念して、ちゃんとした会社に入って、雫を育てることにした。 それが、坂口弘人が雫の父で、叔父である理由だった。

中学卒業まで父とふたり暮らしだったが、父から結婚したい人がいると告げられて、通っている高校のこともあって、近所の小さいアパートに引っ越して、ひとり暮らしを始めた。 相手の人は、一緒に住むことを提案してくれたけれど、雫は受け入れなかったのだ。

本では、雫の幼馴染から所在を聞き出した弘人が「ライオンの家」に、だいぶ具合の悪くなった雫が「お・く・さ・ん?」と聞く、娘(雫の妹)の梢と二人だけで会いに来る。 しかし、ドラマでは弘人の妻、早苗も一緒に来て、雫の車椅子を押して二人だけで散歩に出る。 雫が行っていた駅前の居酒屋を、早苗も知っていて、雫が「早苗さん」と二人で飲みに行きたかった、などという会話になるのだ。

美味しいコーヒーを淹れるマスターというゲストがいる。 おやつの時間に卒業旅行のパリのカフェで食べたカヌレをリクエストする。 飲食関係に進みたかったのに、両親に反対されてやむなく銀行員になり、父親も他界していたので、35歳で満を持して銀行を辞めコーヒー屋を始めた。 ドラマでは、マスターは快復し、「ライオンの家」を退院する運びになる。 よく見舞いに来ていた就活中の息子が、「ライオンの家」のスタッフの仕事ぶりに本当にやりたいことを見つけて、狩野シマに弟子入りすることになる。 原作には、その挿話はない。 「おやつの時間」にカヌレが出された時、マスターはこの世にはいなかった。