さん喬の「真田小僧」2007/11/02 08:01

 ようやくトリの、さん喬「真田小僧」まで来た。 こどもの金坊がお父っつ あんをだまして、小遣いをせしめる噺だ。 お父っつあんがお仕事で横浜へ行 った日、おっ母さんのところへ、「こんにちは」と男の人が訪ねてきた。 黒い 眼鏡に、きざったらしい白い服、ステッキをついていた、というところで1銭。  おっ母さんが、その男の人の手を取って、お上がりなさいと、引っ張り上げた。  上がってからを聞きたければ、2銭。 ここで、表に遊びに行けと、おっ母さ んが5銭くれた。 町内を一回りして帰ると、障子がぴたりと閉まっていた。  障子の向こうが見たければ、3銭。 障子に穴を開けて覗いたら、布団が敷い てあった。 座布団か? 寝具。 3銭はここまで、5銭もらいたい。 男の 人がおっ母さんの足のところをさすって、おっ母さんは、気持いい、気持いい って、いっていた。 その男の人は、お父っつあんのよく知っている人だよ。  横丁のあんまさん、どうもありがとう。

 父親は、かみさんに寄席の講釈で憶えた真田三代記の話をする。 真田昌幸 が数千で数万の軍勢に囲まれた時、13歳の次男与三郎(のちの真田幸村)が、 敵の一方、松田尾張守の六連銭の旗印を使って、大道寺駿河守勢に夜討をかけ、 敵の同士討ちをさそい、無事上田に逃げ帰ることが出来た。 真田はこれを記 念して、のちに永楽通宝の六連銭を自らの家紋にしたという故事だ。 講釈で は、真田幸村は、大坂夏の陣で討死と見せかけて、薩摩に逃れたとする。 こ れを小耳にはさんだ金坊が、流暢に復唱し、六連銭の並べ方を父親に尋ねる。  結果は、ご想像の通り。 「どこへ行くんだ」「今度は芋を買うんだ」「うちの 真田も薩摩に落ちたか」

 一歩間違うと、嫌味になる噺だが、さん喬の金坊は、嫌味にならずに、十分 に楽しむことができた。 人柄が出たのだろうし、無理に「子供」だというの を強調せず、淡々と話したのもよかったのだろう。

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