富岡製糸場の見学2007/11/03 07:41

富岡製糸場

 10月27日(土)福沢諭吉協会の第42回史蹟見学会、信州佐久旅行の初日、 運悪く台風が突然現れて、バスの駐車場から最初の見学場所・富岡製糸場へ行 く道は、土砂降りになった。 それでも世界遺産暫定リスト国内決定という影 響か、たくさんの見学者がいて、説明するボランティアについて、場内を巡っ ていた。 われわれも律儀そうな案内の方の解説を聞く。 明治5年から26 年までの官営のあと、三井製糸が明治35年まで、それから昭和14年まで原製 糸、昭和63年の操業停止を経て、平成17年までを片倉工業が経営していた。  片倉工業の社長は同期、友達の友達なので「等々力短信」の送り先なのだが、 片倉工業が富岡製糸場を持っていた時期があるのを、恥かしながら全く知らな かった。

 幕末の開港とともに、重要な輸出品となった生糸の、製造近代化の「模範工 場」「実習工場」として計画された富岡製糸場、首長ポール・ブリューナーを始 めとする十数名のフランス人を高給で雇い入れて、準備に着手した。 この地 方の瓦職人が見たこともない煉瓦を焼き、フランス人バスチャンの設計図にし たがって日本の大工が建てたという木造レンガ造の建物は、よく見るといかに も趣がある。 工場は採光部を広くとり、ガラスも窓枠も、フランスから持っ て来たという。 当初、昼間だけの操業、日曜日は休みだったとか、工女のた めの診療所や病院もあった。 機械化された製糸工程のビデオを見たが、煮た 繭から最初の糸の先端を箒みたいなものでひっかけて、引っ張り出すところが 面白かった。

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