三年の恋の果てに ― 2008/07/12 05:49
満佐子が偶然会ったのかと思った三島由紀夫だが、成駒屋(うたえもん)の 楽屋で僥倖にも出会った豪奢な衣装に身を包んだ妙齢の美女を、いつかは成さ ねばならぬ大事の相手にと思い、実は三日の間、歌舞伎座の周囲を歩いていた のであった。
不思議な娘であり、不思議な恋であった。 娘は三年の恋の間、男に対して 何も要求したことがない。 金は勿論、着物も宝石も、そして何より著名な作 家との結婚も、欲しいとは言わなかった。 この娘は、冷淡なようで思い遣り があり、諧謔を弄しながらも礼を欠くことはない。 清澄で無垢な心、繊細な 自尊心を持ち、贅沢を好むわりに欲望には恬淡としていた。
男は、最初、子供を産んでくれないかといい、家を買って遣ろうといい、や がて、ポルトガルに移住しないかといった。 そのたびに、娘は言下に、手強 く拒んだのだった。 それでも薄情(うすなさけ)の満佐子は何の変わりもなく男との交際をつづ けることができたのだが、男に導かれて逸楽への橋を渡ってしまうと、それが 次第にむずかしくなってくる。
三島由紀夫は『金閣寺』を書いて大きな賞をとり、作家として前途洋々とい う時期を迎えていた。 その男に一途に愛されることが、訳知りなようでも、 うら若い満佐子には重荷となって圧(の)し掛かるのだった。 男の愛し方に は、相手を縛る気味合いがあった。
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