モラヴィアの妻の愛人 ― 2009/11/12 06:47
映画プロデューサーのバッティスタが、リッカルドに依頼してきた二作目の シナリオは、ドイツ人のラインゴルト監督を起用した『オデュッセイア』だっ た。 バッティスタは自分のカプリ島の別荘に、リッカルドとエミーリアが滞 在して、シナリオを書けばいいという。 監督は近くのホテルに滞在する。 カ プリへの道中も、バッティスタはエミーリアとスピードの出る赤い高級車で、 リッカルドはローンで買った小さな実用車で監督と行く。
監督の『オデュッセイア』解釈は、こうだ。 ペネロペは、その無遠慮な求 愛者たちに対して、オデュッセウスが男として、夫として、王として、断固と して対処しなかったために、彼を軽蔑している。 その軽蔑がもとで、オデュ ッセウスはトロイの戦役に出かける。 そして自分を軽蔑する妻が待っている 郷里への帰還を、出来るだけ遅らせる。 ペネロペの尊敬と愛を取り戻すため に、オデュッセウスは求愛者たちを殺す。 その解釈はリッカルドに、当然エ ミーリアとの関係を思い起こさせた。
事実は小説より奇なりである。 モラヴィアの三人の妻のうち最初の妻は、 作家のエルサ・モランテだった。 夫婦として25年暮らした。 モラヴィア はモランテを愛し、その作家としての力量を高く評価していたが、その無類に 強烈な個性には辟易して、二人の関係は次第に冷えてゆく。 モランテに愛人 ができる。 相手はイタリア映画界の巨匠、あのルキーノ・ヴィスコンティだ った。 モラヴィアが「大層な美男、芸術と人生の二つながらの達人」と言っ ているそうだ。 モランテは朝になるのを待ちかねるように、ヴィスコンティ の館へ出かけ、まる一日を過し、夜更けに帰宅、もう寝ている夫モラヴィアの ベッドの端に腰掛けて、ヴィスコンティ邸でのその日の出来事、愛人の情熱の さまを語って聞かせる。 モラヴィアはじっと黙って聞いていたという。 『軽蔑』は、モラヴィアの悩みと悲しみの投影であった。 エミーリアは、 モランテだったのだ。
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