朝太の「あくび指南」2009/10/01 07:02

 25日は、第495回の落語研究会だった。

  「あくび指南」      古今亭 朝太

  「首提灯」        隅田川 馬石

  「星野屋」        林家 正蔵

          仲入

  「饅頭こわい」      柳家 喬太郎

  「化物使い」       柳家 権太楼

 朝太、言わずと知れた志ん朝の前名である。 ちょうど一年前の「古今亭志 ん朝 追悼 落語会」に、志ん朝最後の弟子ということで「道灌」を演ったのを 聴いたことがあった。 丸顔、短く刈った髪、紺の羽織に、白い着物。 この 会の前座としては、かなりの出来だった。 誰でも知っている「あくび指南」 に、いろいろと工夫を加えて、自分なりのものにしていた。

 あくび指南所に、細君らしい女の受付を出した。 師匠は奥で「そこは、端 近、お上がり」などと言う。 春夏秋冬「四季のあくび」の前に、「芝居のあく び」や「湯屋のあくび」のあることを言って、「湯屋のあくび」をやってみせた。  ぬるめのお湯に、胸のあたりまでつかる気持になる。 まず、うなり、都々逸 を唄い、あくびをし、念仏で終る。 いっぺん稽古しましょう、と師匠のやっ た都々逸が、いま一つだったのは、修業の必要を思わせたけれど…。

馬石の「首提灯」2009/10/02 06:48

 隅田川馬石(ばせき)、黒紋付の羽織と着物、小さな顔、鼻の下のホクロが目 印、五街道雲助の弟子で、2年前に真打昇進した時、「締め込み」を聴いて、大 きな名前になるかもしれない、と書いていた。 隅田川馬石という名前、江戸 っ子らしくて、自分でも気に入っている、こうして江戸っ子の顔をして出てい るが、兵庫県の生まれだと言う。

 「首提灯」は、ふところに金のある江戸っ子の町人が、かなり酔っ払って、 これから品川へ遊びに行こうという。 試し斬りや追い剥ぎが出そうな芝山内 のあたりで、「おい」と出たのは、「麻布に帰るのは、町人、どう、めぇる」と いう田舎侍。 酔っ払いが「丸たん棒」「ボコスリ野郎」「三ピン」「かんちょう れえ」だのと乱言を吐く。 侍がまた、よくものを尋ねる人物で、「ボコスリ野 郎」や「三ピン」の訳を聞く。 蒲鉾を擂るような太い擂り粉木、サイコロの 四六の裏とか言っていたが、「三一侍」さんぴんざむらい『広辞苑』には一年に 三両一人扶持の俸禄しか受けない軽輩とある。 「かんちょうれえ」は、酔っ 払いも説明しなかったが、『広辞苑』にも出ていなかった。

 ついには拝領の御紋服の定紋につばを吐きかけられた侍、堪忍袋の緒が切れ る。 目にも留まらぬ早業で一閃、侍は謡をうなりつつ、去る。 町人は歩く たびに、首が回っていき、横を向くようになってしまう。 そこへ、江戸名物 の火事騒ぎ。 弓張り提灯を持って駆けて来る連中にぶつかる。  馬石は、師匠ゆずりのストーリー・テラーぶりを見せて、まずまずの出来。

正蔵の「星野屋」2009/10/03 07:02

 「星野屋」という噺、あまりいい噺ではない。 正蔵は、ウソとマコト、男 と女の話、マコトから出たウソもある、と何だかよくわからないことを言う。  星野屋の主人が、妾のお花に、五十両渡して、別れてくれと言う。 何代も続 いた店の暖簾を下ろす、男として面目ないから、今晩死ぬのだ、と。 お花は、 自分も一緒に死ぬと、吾妻橋まで付いて行く。 下には屋根舟がいて、一中節 なぞやっている。 旦那は飛び込んだが、お花は止めて帰って来る。

夜中に、土砂降りの雨の中、お花を星野屋に世話した重吉が来て、旦那は来 なかったか、と聞く。 重吉が寝ていて、変な感じがして目を覚ますと、枕元 にずぶぬれの旦那が座っていた。 このままでは旦那も浮ばれないだろうと、 重吉に言われて、お花は黒髪を切って重吉に渡す。 そこに星野屋が現れる。  あの屋根舟は、星野屋が手配していたのだ。 もし、お花も飛び込んだら、お 花を新しく出す店の女将にするつもりだったのにと。 だが、ほっかぶりの手 拭を取ると、お花の渡した黒髪は、カツラだった。 けれど、旦那の渡した五 十両も偽札だった。 「母さん、たいへんだ、すぐ返しておくれ」と、金を返 すと、一転、本物だという。 くやしがるお花に、母親が「大方そんなことだ ろうと、三枚くすねて置いた」という落ち。

 正蔵が演ると、この何か、陰陰滅滅たる噺が、カラッと明るい感じになる。  三枚ばかりじゃなくて、もっとガバッと、くすねておけばよかったのに、とい う気になる。 それは、それで、一種の人徳というものであろう。

喬太郎の「饅頭こわい」2009/10/04 06:44

 喬太郎は若手だ、若手だと、思っているうちに、最近は白髪になったり、ば かに爺むさいかっこうの出方をしたりしている。 しかし、やはり若いという ことが、「饅頭こわい」のマクラで知れた。 こないだ、何年か前、「何年か前」 を「こないだ」とは、言わないか、小・中学校の友達と会って、ガキの頃の話 をした。 ケンタッキー・フライドチキンの時は、ご飯かパンか、みんながパ ンだという中で、喬太郎はご飯だと言った。 ケンタッキー・フライドチキン は、ウチでは、ご馳走だった。 晩ご飯の、がつんとしたおかずだった。 だ から、あれでおまんまを食うのが、好きだ、と。 ケンタッキー・フライドチ キンって、言っちゃったけど、ビデオテープ切りにくいよね、と、フライドチ キンが、と言い直して、拍手を受ける。 フライドチキンの皮だけで、ご飯を まず食って、白いところは、丸美屋の味道楽をかけて、食うと、うまい。 し ょっちゅう、やっていると、こうなると、横向きになってメタボ腹を見せる。

 家では、テンプラを塩で食うなんて、考えたこともなかった。 塩で食うテ ンプラなんて、社長が店で食べるものだと、思っていた。 ビフテキも、そう だ。 昭和38(1963)年生れだが、天つゆなんて、つくるのが面倒なものも 憧れで、醤油で食った。 揚げ立てのテンプラを、憧れの天つゆで、べちゃべ ちゃにして食いたいと、思っていた(拍手を受け、共感の拍手をいただいて、 と)。 イカ天と、ピーマンのテンプラに、醤油をかけて、同時に噛むのが好き だ。

 この調子に乗って、「饅頭こわい」の本体も、楽しい高座だった。

権太楼の「化物使い」前半2009/10/05 07:08

 権太楼は、日本人は何かというとお酒を飲む、言い争う、と、居酒屋で並ん だ酔っ払いが、よく会うけど、お近くですか、お宅は?、三本目を左に曲って、 右側の四軒目。 それは私の家ですよ、と喧嘩になる、例の小噺をやる。 よ く聴く小噺だけど、権太楼が演ると、さすがだと思っていると、先だって小倉 で、400人ぐらいの劇場でやったという。 真ん中にオバサンが4人いて、1 人がこの小噺を知っていた。 「あれ親子なのよ」と、大きな声。 知ってい ながら、知らないふりをするのが、いい。 小倉は、レベルが低い。

 狐狸は人をだます、という。 現在でも、ある男、だまされたのか、一晩中、 歩き続けた。 ようやく家へ戻れた、と、カミさんをだましたりする。

 本所一ツ目に住む隠居、俳句や詩吟をたしなむ、何か常人と違うところがあ って、財を成した、1メートル80くらいの大男、顎と鼻が出ていて眉が薄い、 どこかで見たと思ったら写楽の絵みたいな顔だった。 下男の久蔵、桂庵で人 使いが荒いと聞いたが、天狗様じゃあるまいしと思って来たが、雑巾ならとっ くに擦り切れている、といいながらそれでも三年間勤めていた。 隠居が本所 五ツ目に越すというので、その久蔵が「暇を取る」。 庭が広く、べらぼうに安 いけれど、化物が出るというのだ。 たいていの人は、三日持たないのだけれ ど、隠居は安く買って、引っ越した。