妻エミーリアの軽蔑を招いたもの2009/11/11 06:46

引越しの日から、エミーリアは寝室を別にした。 リッカルドは変らず妻を 愛しているのに、妻は夫を愛していないばかりか、軽蔑さえしているようなの だ。 そして、リッカルドが、そのわけをいくら質しても、エミーリアはいっ さいの説明を拒んだ。

リッカルドは、映画のシナリオを書く仕事のために、美しい妻エミーリアを 無意識にしても利用しようとし、プロデューサーに対して追従と思しき態度を とった。 それが結局は妻の軽蔑を招いたらしい。 追従は、それがエミーリ アの願望にひそかに応えるものであったからこそ、その内心の願いを唆(そそ) るものであったがゆえに、いっそう侮辱的であったかもしれない。

大久保昭男さんの解説によると、モラヴィア(1907-1990)の根底には、つ ねに一貫して、人間とは何か、生きるとはどういうことかを問おうとする視点 があり、その軸となったのが性の問題だった。 モラヴィアは、今日の人間と 社会を描くうえで性について語ることを必要としている時にそれを避ける作家 は、たとえば、政治について語るべき時になお政治について語るのを控える市 民のようなものだ、と述べたという。 性と愛をテーマとしながら、重たくて 不条理な、その不可能について書かなければならなかったパラドックスとも見 えるものを、大久保昭男さんは作家の意図を超えた時代のためであるという他 ない、とする。 モラヴィアの作品で目立つ、主役がほとんど積極的、能動的 な女性であり、それを前に、男はとまどい、うろたえるばかりというのも、時 代の動向を先取りしていた結果ではないか、と。