娘監督はそれも撮り、カットせず、音だけにもした2011/11/24 04:17

 『エンディングノート』の砂田知昭さんは、昭和43(1968)年に結婚したとい う。 私は、その次の年に結婚した。 砂田さんには、長女と長男、そして7 年後「段取り不足」で誕生したという次女の砂田麻美監督がいる。 長女は結 婚しているが子供がいないらしく、アメリカ勤務の長男に、秋には三人目の孫 が生まれる予定になっている。 癌告知の翌月、長男家族が夏休みを利用して アメリカから見舞いに来て、砂田さんは女の子二人の孫と「気合いを入れて遊 ぶ」。 長男の妻が用意したのだろうデザートのケーキの皿の字を見て、私は最 初の涙を流した。 「じいじ、がんばれ」

 「段取り」の砂田さんが、次女が信者であるカトリック教会に、神父さんを 訪ねたのは、気持が安らかになることを求め、かつて娘の送り迎えでその教会 を目にしており、教会の葬式が簡素なことを知っていて、(これはオフレコのは ずだったが、監督はカットしなかった)リーズナブルと思えたからだった。

 退職後、転勤で空き家になった長男の家の管理人という名目で、奥さんとは 別々に暮し週末だけ落ち合う、いわゆる週末婚をスタートする。 仲間と旅行 に行ったり(ここで西村君が出て来た)、大学の社会人講座に通ったり、40年ぶ りに一人暮らしを満喫しているうちに、なんということか、奥さんとの間に、 今までにない穏やかな時間を感じるようになった。 やっと自由な時間が出来 たと思ったら、癌になって先に死んで行く、どこか怒っている様子で掃除機を かけている母親の姿を、娘のカメラはとらえている。 家族が余命いくばくも ないと告げられた年末、生れて3か月の三人目の孫を連れて長男一家がやって くる。 クリスマスを祝った翌日入院、三日目奥さんと二人だけにしろといっ て(監督は撮っていた)結婚以来初めて「愛している」と言う。 奥さんも「も っと大事にしてあげればよかった」「一緒に行きたい」と。

 入院五日目、臨終は病院の窓から見える茜色の空と、医師の声だけだ。  監督の言葉、「私は死というものも非常に尊いんだということを、父の死を通 じて初めて知りました。時として気が狂いそうになるほど残酷なものだけれど も、その先に存在する光みたいなものもある。言い換えれば、光を見つけ出さ なければ残された者たちが生きて行くことは難しい。そういう事を、この作品 を通じて表現したかったんだと思います。」