正蔵の「たちきり」前半2014/07/03 06:35

 いやいや勉強のために、芸者遊びを浅草田圃の草津亭で、仲間四、五人でし てきた。 きれいなお姐さん方が入ってくると、わくわくする。 ずいぶん前 のお姐さんもいる。 小唄の先生は、八十歳。 二十歳が四ったり来たと思え ばいいという。 芸者遊びをして、ワーーッと、いなくなる。 持ち時間とい う、われわれの方は高座時間。 一座敷、二時間。 古くは、一本と言った。  線香が燃え尽きるまで。 一人前の芸者を一本、それになることを一本立ちと 言ったのは、ここから来ている。 ここが弟と違って、為になるところ。 (少 し痩せて、額が出ているので、親父の三平に似て来た)

 いいから、こっちに来な、貞吉。 下に集まって何を話している。 若旦那 に話しちゃあいけないと、言われているので。 番頭さんが五十銭くれた。 一 円やろう。 大旦那が、金食い虫が一人出来ました、どうしましょう。 横浜 の旦那、私が横浜へ連れて行って、居留地(イリュウチと言ったが、キョ)で 港の荷揚げ人夫にする。 桐生の伯母さん、山奥に連れて行く、お花という器 量の悪い娘がいる、牛を追う博労にすると、牛が怒って突き殺す。 木更津の 叔母さん、血をみるのはいや、鶴亀鶴亀、潮来に別荘があって、釣りをさせる。  嵐に壊れかかった舟で出すと、鮫の餌になる。 番頭、お金の有難さがわから ないんだから、乞食にしたらどうか。 五十銭銀貨の有難味もわからない。 そ れで、乞食に決まりました。

 若旦那は階段を降りて、怒鳴る。 番頭、お前は小僧の劫を経て番頭になっ たんだろう、奉公人のお前が跡取の私を乞食にするというのか、お前の言うこ とが聞けるか。 若旦那、お座り下さい、目上の方ばかりの席で。 これが何 か、おわかりですか。 ご当家で一番大切な、蔵の鍵です。 私がお預かりし ております、小僧の劫を経た番頭ですが…。 話をご存知で、願ったり叶った り、ここに乞食の仕度があります、お着替えなさい。 待ってくれ、乞食はい やだ。 ウソだよ、お前の言うこと、何でも聞く。

 では、百日の間、蔵住いをして頂きましょう。 三番蔵が、空いています。  小僧を一人つけます、風呂は行水で辛抱願います、蔵より一歩もお出ましはな りません。

 これには訳があった。 柳橋の亀清楼で芸者になったばかりの置屋わけたま きの小雪、その初心な芸者ぶりに、若旦那、すっかり燃えあがったのだった。

 番頭の書いた筋書き通りになった。 花色のすててこを穿いた、見るからに 粋筋の男が、若旦那様は、とやって来る。 お出かけで。 手紙を一つ、お渡 しを。 番頭は、抽斗(ひきだし)にしまった。 翌日の昼下がり、夕方、ま た朝と、どんどん手紙が来る。 ずーーっと続いていたが、八十日目にぴたり と止んだ。

 光陰矢の如し。 月日に関守なし。 若旦那、お早うございます。 番頭、 ご無沙汰だったな、今日は何の用だ。 蔵からお出ましを、百日経ちましてご ざいます。 手前のような奉公人の言うことを、よく聞いて下さいました。 蔵 の中にいて、心が落ち着いた、本を読んでもおナカに入る。 ぼんやりしてい ると、人の恩に気がつく。 自分のことがわかるようになった。 番頭さんの おかげだ。

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