三遊亭司の「紋三郎稲荷」2015/06/03 06:31

 白い羽織と着物で、自分も意識しているのか、役者を気取って出てきた。 噺 家になって15年になるという。 大師匠の圓歌は70年、日蓮宗の御上人だ。  若い女性が、パワースポットだといって、神社仏閣へ行く。 パワースポット なら楽屋にもあり、新宿末広だと柱の所は幹部の席で、出世、早死の席もある。  神仏に願掛けをして断ち物をする、酒断ち、塩断ち。 徳島の鯖大師に願掛け をして、三年鯖断ちをする。 志ん朝師匠は、鰻断ちをしていた。 鰻断ちな んていうと、生意気に聞こえる。 名人志ん朝だから言えた。 私なんぞ、願 掛けしなくても、二年間鰻断ちしている。 なぜ鰻断ちか、志ん朝師匠の守り 本尊が虚空蔵菩薩で、そのお使姫が鰻だから。 三峯神社は狼で、お犬様。 弁 天様には卵を供えるが、お使姫が白い蛇で、卵を呑む。 お稲荷さんは狐で、 油揚げを供える。

 茨城(常陸)の笠間にある笠間稲荷は、紋三郎稲荷ともいう。 山崎兵馬と いう侍が風邪を引いたので、割り羽織に狐の胴服のシッポもついているのを着 込んで、駕籠に乗る。 駕籠屋、松戸までいくらだ。 八百で。 酒手込みで、 一貫文つかわす。 乗り込んで、あぐらをかく。 ヘイホッ、ヘイホッ、兵馬 は病み上がりで、ウトウトする。 相棒、おかしいぞ、妙なもん乗っけたんじ ゃないか、お稲荷様でも乗っけたんじゃないか。 立派なお武家様じゃあねえ か。 ブラブラ出てるんだ、ふさふさしたのが…。 兵馬は、それを聞き、胴 服のシッポを長く出して、ゆさゆさ揺する。 これ駕籠屋、今、どのあたりか。  牧の原で。 ワシは笠間から参った。 では、牧野様のご家中で。 家中では ない、これから江戸に参る。 江戸は、どちらで。 王子だ。 エッ、それで は旦那様は、ことによると紋三郎様の、ご、ご眷族の方でいらっしゃいますか。  犬が苦手でな。 先の立て場には大きな犬がおります。 その次の立て場まで やれ。 着くと、兵馬は牡丹餅や団子はやらず、稲荷寿司ばかりパクリパクリ。  そのほう達も牡丹餅はどうだ。 けっこうです、馬の糞になったらいけません で。

 そろそろ松戸ですが、旅籠はどちらで。 どこか、よい宿はあるか。 本陣 の旦那が紋三郎稲荷がご信心で、高橋清左衛門。 一貫文、たんと頂戴して、 本物でしょうな。 拙者は野狐ではない、正真正銘、天下の通用だ。 駕籠屋 は、旦那に通してくれ、お耳に入れたいことがある。 これこれ、こういう訳 で、と煙草代をもらう。

 高橋清左衛門、黒紋付羽織袴で挨拶に出て、手を叩って拝む。 庭に祀った 祠には二匹のお狐さまもおりまして。 駕籠屋が余計なことを言ったな、道中 の座興だ。 何を聞いても、コンコン。 おこわ、油揚げは初心の者の好むも のだ、ナマズ鍋、鰻、泥鰌、鯉こくなどがよい、お神酒もだ。 この間酒の席 で、豊川と王子が喧嘩してな、伏見と私で止めに入った。 大御馳走を食べて いると、座敷の外がザワザワしてくる。 近郷近在の者たちが、拝みたいと申 しておりますが。 隣から拝むのを許す、お賽銭は構わぬ。 兵馬、拾っては、 袂に入れる。 明日は、早立ちする。 一人でそーーっと立つ、見送りはしな いように、覗くと目がくらむ。

 夜の明けぬ内に旅仕度をして、庭先に下り、切り戸を開けて逃げ出した。 庭 の祠の二匹の小さな狐が、ハァ、人間は化かすのが、うめーや。

 三遊亭司、あまり感心しなかったのは、実力不相応の気取った形に抵抗があ るのか、噺そのもののせいなのか。