入船亭扇遊「三井の大黒」後半2018/02/01 07:32

明くる朝、二階を起こしてやれ。 江戸見物でもさせてやればいいんだが、 猫の手も借りたい、今日から仕事に行ってくれると助かる。 おもちゃ箱…、 道具箱は俺のを使ってくれ。 拝見してもいいか。 これは、なかなかいいお 道具だ、わしの使いよいように直してもいいか。 藍染町の帳場だ。 おい丁 稚、権次てのか、この道具箱を担げ。 天子様の沓(くつ)は取れぬぞ(?)。

 何をやろう。 板削れって、いうのか、丁稚、そこにある砥石を取れ。 そ れから、いつまでも、鉋(かんな)を研いでいる。 曇り(休憩)だ。 曇り って何だ、煙草を喫むのか、煙草は嫌いだ。 ポンシュウ、昼飯だ、おかずは シャケだ。 鰤(ぶり)はないか。 三時頃まで、鉋を研ぐ。 鉋を取り、板 を削る。 鉋屑が、蝶が舞うようだ。 二枚の板を合わせると、丁稚、剥がし てみろ。 子供だと思って馬鹿にして。 ンン、ハガレネエ。 俺にまかせろ、 仕事はうまかねえが、力は強い、力じゃ負けねえ。 はがれねえわけがねえ。  ヨッ! 気合もろともだ。 痛え、腕挫いちまうぞ、よし拝むようにして、駄 目だ、火が出る。 わしゃ、もう帰るぞ。

 ポンシュウは? 二階で寝てる。 あいつは手妻遣いだ、あんなものは国に 帰したほうがいい、権次がやって、あっしがやって、剥がれねえ。 水に浸け たろう。 浸けねえ。 そんな腕の立つ奴は、日本に一人か二人しかいない。  誰がポンシュウに板削れって言いつけたんだ。 松兄ィで。 板削るのは小僧 のやる仕事だ、生意気するねえ。 竹の野郎が言ったんですよ。 梅の野郎で。 秀…、あ、誰もいねえ。

ポンシュウ、さぞ気分悪くしてんだろう。 来る日も来る日も、二階で寝た り起きたり。 おかみさんの頭に、角が生える。 またシャケか、鰤はないか、 富山の鰤は旨いぞって、言うんだよ。 あんなもん、ウチに置くんなら、離縁 しておくれ。 実はあいつが来た時、釘を刺された。 さすがは関東の棟梁だ、 その気前、褒め置くってな、ただ者じゃないとにらんでいるんだが…。

 おーーい、ポンシュウ、降りて来い、茶が入った。 退ぇ屈するだろう。 し ねえ。 いい仕事をしなさるそうだな。 板、見せてもらった。 江戸は火事 早い、百人の仕事に七十人の手もかかっていない。 腕が上がる所じゃない、 国に帰った方が身のためだ。 今、懐がよくない。 ウチで手間賃仕事をして みたらどうだ。 踏み台、雪掻き、ごみ取りなんぞ。 ごみ取りか、難しいな。  そうだ、上方では彫り物をするんだろう、恵比寿大黒なんてのはどうだ。 大 黒か、二階を仕事場に借りてもいいか。

 籠り切りで何かやっていた。 暮も押し詰まった頃、丁稚を使いに、駿河町 の越後屋さんまで、手紙を書いたから、届けてもらいたい。 権次、使いだ。  それから儂(わし)、風呂へ行きたいが。 すぐ行けーーッ、今すぐ。 手拭、 湯札だ、ゆっくりつかって来な。

 ポンシュウ、あっしと繁が踏み台を作っている横で、やってました。 その 踏み台は、百年持たん、って。 彫り物、俺が見てみよう。 きれいに片付い てやがら。 鑿(ノミ)が置いてある、いい鑿だ。 床の間に、大黒様一体。  布を取ると、陰から陽へ、パチッと目を開いて、ニコニコ笑ったように見えた。  一目見ればわかる、てえへんな物こしらえやがった。

 越後屋さんから、お人が…。 手代の久兵衛と申します、こちらに飛騨の甚 五郎先生がご逗留と伺いまして。 阿波の運慶先生の恵比寿様と、引けを取ら ない大黒様をお願いしておりまして。 甚五郎先生……、ほかにない、今、湯 に行ってお出でで。 

 新しい座布団を出せ。 (湯から帰ったポンシュウに)そこの座布団に座っ てくだせえ。 あんたも、ひどい人だねえ。 わしか、そう甚五郎、今風呂の 帰りに思い出した、勘弁しておくれ。

これですが、いかがでしょう。 結構な大黒様で、先生、有難うございます、 主人も喜びます。 先年、前金三十両、ここに七十両持参いたしました。 別 に一樽も。 棟梁、五十両受け取ってくれ。 こんなにあっても、使い道がな い、猫に小判だ。 儂は二十両あれば十分だ。 そんなに遠慮しないで、おか みさんに長いことシャケをご馳走になった。

 恵比寿様には阿波の運慶先生が「商いは濡れ手であわのひとつかみ」と書い ておいでですが。 紙と筆を…、甚五郎が下の句をつけた、「守らせたまえ二つ 神たち」。