柳家権太楼の「百年目」上2023/10/09 06:27

 権太楼、黒紋付だが、羽織の赤い紐が目立った。 「人を使うは苦を使う」という。 大企業の社長も一人でやれるわけでない。 昔の大店、何代も続いた店は、奉公人が二十、五十、百人、番頭も五番までいて、通い番頭もいる。 頭取番頭、一番番頭は子飼い、店ででんと構えている。 叱言の絶え間がないので、店の者がピリピリしている。 貞吉、鼻の穴に火箸を入れて、チンチン鳴らすんじゃない。 紙で拭きなさい、お前の鼻じゃなくて、火箸の先だ。 芳どん! 紙縒り(コヨリ)作ってます、百本。 いま何本だ? 九十六本、あと九十六本。 朝からそこへ座って四本かい。 後ろに何を隠した? 馬かい、コヨリで馬を作って。 これは角が生えてるから鹿、馬と鹿を間違えれば、馬鹿。 余計なことを言うな。 何で手紙を小僧に出させようとするんだ、自分で出せ。 梅どん、笑うんなら、アハハと笑え、フンと笑うな。 松どん、店先で本を読むな、通る人に暇な店だと思われる。 鉄どん、懐から出しな。 「オチビト」か。 「オチュウド」です。 何だ? 清元の本、『お軽勘平道行』。 はばかりで、豚が喘息患ったような声を出しているのは、お前か。 修業中に、習い事なんかするんじゃない。 破りなさい。

 藤三郎さん。 おいでなすったか。 叱言を言われたいのかい。 エッ、何でしょう。 居直りましたね。 帰りが遅い、一昨日の晩は、どこへ行きましたか。 お湯屋に。 寒い晩で、私は二度はばかりに行った。 表に、俥がスーーッと止まり、女の人の声がした。 ザクザク、妙な足音がして、五月雨のようなくぐり戸を叩く音、開けたのは貞吉だろ「シィーーッ」と、帰って来たのは、お前さんでしたね。 大宮さんの番頭さんとのお付き合いで、謡の会がございまして。 あんな晩くまで。 その後、ワッと陽気にと誘われまして。 どこへ。 お茶屋へ。 お茶葉を売っている店で、ワッと陽気に? 番頭さんも人が悪い、芸者、幇間のいるお茶屋で。 私はそういうところに行ったことがない。 ゲイシャっていうのは、夏着るシャか、冬着るシャか、タイコモチっていうのは、焼いて食うのか、煮て食うのか? 私は、来年別家をします。 すると店の鍵を誰が預かる、あなたでしょう。 身分、立居振舞を考えて、店を大切にしてもらわなければ困る。 わかってくれればいい、もう行ってもいいよ。 立ちたいけれど、足がしびれて立てない。

 真っ赤になってプリプリ怒っていた番頭は、番町の方の屋敷の仕事に行ってきます、棚の整理をしておいて下さい、と出かける。 半丁も行ったところで、扇子を半開きにし、真っ赤な羽織を斜めにかけた、一目でそれとわかる幇間。 大将、ここですよ、私はここです。 馬鹿、お前ぐらい気の利かない芸人はないな。 なんで店の前を、うろちょろするんだ。

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