入船亭扇辰の「野ざらし」前半2023/10/06 06:55

黒の羽織、白い着物の扇辰が化けて、弾けた。 私は、桂枝雀の高座を思い出した。 師匠の入船亭扇橋がいたら、目を回したろう。 前回は、一般客のいないサクラだけの回だった(扇辰の誤解だ、3月24日の第657回、観客全員(私も)4千円払った)。 小助六の「さんま芝居」、初めて聞いたよ、落語研究会、会の趣旨にふさわしい、いいな。 国立劇場は、裏っ手の掘っ立て小屋も建て替えるんだそうで、これが国立最後の出演。 前座の時から、お手伝いをして、めくりの足が震えた。 名人上手しか出ない楽屋の、同じ空気が吸えた。 しみじみするので、一時間ぐらい、ここに座っていたい。 何しろ、なんでも知っている、備品がどこにあるかも。 五、六年、何か一つ持って帰ろうと物色しているけれど、国有財産だからね。 この座布団も、いい。 はばかりの巻紙、一巻き位いいかな、見習いが鞄を持って来てるから。 物が違う、紙の質がいい、当たりが柔らかい。 菊の御紋が…、嘘です。

一番太鼓を、私が打った。 大太鼓、いい音がする、幅が大きい、ドーーーン、ドーーーン、余韻がある。 本当は、あれを持って帰りたい、気温、湿度を管理してる。 馬の皮、雌雄、何歳位のかということが、ある。 (下座の方を向いて)お囃子二人、若くてきれいな、お見せしたいような…。 見せると、嘘がばれる。 三味線は、猫の皮だけじゃない、高いんで、犬、カンガルー、羊も使う。 すごい豆知識だ。 胴、竿、三本の糸に器具を挟む、あれを駒という、高いのは象牙、撥も象牙、鼈甲。 大きな声では言えないけれど、邦楽は、動物で成り立っている。 感謝!

ヴェーーッ、先生! 隣家の八っつあんだね。 センセイ、センセイ、それはセンセイ! なぜ、私の頭を叩く? 黙って、一円出しな。 謂(いわ)れのない金は出せぬ。 ゆんべのざまは、何です。 後ろの壁に大きな穴。 ご覧(ろ)うじたか。 ご覧うじた、一晩中まんじりともしねえ。 先生は、独り者だ、そこに女だよ。 商売物の鑿(のみ)で壁に穴、十六、八のイーーイ女。 十七、八だろう。 七は、先月流した。 イーーイ女だった、白状しろ。

実は、こういう話だ。 儂が釣り好きなのは知ってるだろう、向島へ行ったが雑魚一匹かからぬ。 浅草弁天山の鐘が、陰に籠もってものすごく、ボーーン! 橘家文蔵みたい、そういうの苦手。 風がないのに、パッと出た! ワッ! 驚いた拍子に、儂の紙入れを懐に入れたろう、八っつあん。 これかな、癖なんで。 大家さんの柱時計も、懐に入れようとしたっていうじゃないか。 続きを。 パッと出たのは、カラスが一羽、見れば人骨(じんこつ)野ざらし、されこうべだ。 「野を肥やす骨を形見のすすきかな」と、手向けの句を言い、ふくべの残り酒をかけてやったら、骨に赤味がさした。

昨夜晩く、誰かが訪ねて来た。 向島から参りました。 尾形清十郎、歳は取っても腕に歳は取らせぬ、長押(なげし)の槍を小脇に抱えて、ツカ、ツカ、ツカ。 嘘つけ、槍などあるか。 箒を小脇に、ツカ、ツカ、ツカ。 先生の所がそんなに広いか、俺んちと同じ、ツカで裏へ抜ける。

あなた様の回向で浮かばれました。 肩でも揉ませていただきたいというんで、肩を叩かせ、腰をさすらせていた。 八っつあん、あの女、この世の者ではない。 ユーテキ、化け物か、一晩話をしていたみたいじゃないか、いい女だったな。 向島へ行けば、骨があるかな。 あるかも知れんな。 間抜けの句というのを、教えろ。 手向けの句だ。 「野を肥やす骨を形見のすすきかな」 この竿、借りて行くよ。 その竿は、いかん!

入船亭扇辰の「野ざらし」後半2023/10/07 06:57

 向島、ずいぶん人が出ているな、みんな骨釣りか。 ガキもいる、ガキのくせに、色気づきやがって。 骨(こつ)は、釣れるかよ。 何です? お魚を、釣ってる、お静かに願います。 近藤さん、あの人、女のことばかり言っている。 色気違いでしょう。 俺、そこへ行くよ。 傍に来たよ。 スチャラカチャンたらスチャラカチャン! あたしゃ年増がいいんです、と、くらあーッ。 あんた、餌をつけなかったでしょ。 餌なんか要らない、こうやってりゃあ、いいんだ。 ♪鐘がボンと鳴りゃあ、上げ潮ォ南さ、カラスがパッと出りゃコラサノサ、骨がある、サイサイ。 そのまた骨にさ、酒をばかけてさ、骨がべべ着てコラサノサ、礼に来るサイサイ、そらスチャラカチャンたらスチャラカチャン! 大きな声を出すな、魚が逃げるーーッ! 魚に、耳があるのか、あるんなら見せてもらいたい。 スチャラカチャンたらスチャラカチャン! かき回しちゃあ、いけません。 俺っちのほうで、かき回すってのは、こうやるんだ。(大きくグルグル)。

 二十七、八、三十デコボコの乙な年増が、頭のてっぺんから、コンバンワーーッ! 上がってくんねえ。 まあ嬉しい、ペタッと座る。 この人、水ッ溜りに、座っちゃいましたよ。 そばにいてくれるだけでいい。 周りの女がうっちゃっちゃおかない。 タダおかないよ、口をつねっちゃう、ツネ、ツネ、ツネ。 痛い、痛い! この人、一人でやってるよ。 浮気すると、くすぐっちゃうから、コチョコチョ。 くすぐったいよ。 アッ、てめえの鼻を釣っちゃいましたよ。 アッ、痛い。 鼻から血が出た。 ばかばかしくて、ハナヂにならねえ。 針を取っちゃったよ。 この人、今度はオマルを引き寄せてますよ。 オマルを拾って、中の水をば、コラサノサ!(と周りの人に掛ける) 駆けて逃げてったよ。 弁当を置いてったぞ。 油揚げ、豆腐の煮たの、旨い。 トーフの方から来た、アブラゲのない内に、帰えろう。

 鐘がなった。 出たよ、ムクドリ(椋鳥)。 カラスは風邪引いたんだ。 このあたりの葦をかき分けて、骨(コツ)を探せ。 酒、酒、今、かけてやっからな。  俺んちは、浅草門跡様の裏、乾物屋の横を入った長屋だ。 こっ障子に○に八と書いてあるからと言うのを、近くに舫った屋根舟の中にいた幇間、悪い奴に聞かれた。

 えーっ、こんばんは、こんばんは、えーっ、おやかましゅう。 年増だから、声柄が違うのか。 骨だろう。 いいから、上がれ。 どーも、大将、こんばんは。 愚(おろ)か、愚か、ご婦人と再会の約束。 障子破れて、棧ばかり。 まるで江の島だね、家の中にいながら、月見ができる。 お前は、いったい何だ? あっしは向島の新朝というタイコでござんす。 なに新町の太鼓、しまった、さっきのは馬の骨だったのか。

三遊亭萬橘の「開帳の雪隠」2023/10/08 07:00

 どうもありがとうございます、これから私は落語をやります、と萬橘は始めた。 権太楼師匠が、ちゃんと出てきます。 この噺を「百年目」と比べると、そんなに落差をつけなくていいと思う。

 旅に出て、土地土地で見分を広める。 札幌で、二回公演があった。 私はいつも着物なのだが、噺家と客が同じエレベーターに乗る。 キャリーバックを引いて、乗っても、誰も話しかけてこない。 私がボタンを押したので、ちょっと変わったエレベーターボーイとでも、思ったのだろうか。 昼席の最初に、エレベーターで誰も声をかけて来ませんでした、と言った。 昼席が終わって、外出したら、おばさんが声をかけてきた。 「さっき落語やった人でしょ。声をかけたからね」って。

 洒落たホテルで、メディテーションルーム、瞑想室というのがあった。 浴衣で行く。 ふだん、そんなに静かにすることはない。 ピーーン、ポーーン、パーーンみたいな音がして、霧が出ている。 丸い椅子に座る。 隣に外国人のカップルがいて、手前にいた男の方が、オナラをした。 ブッブー! パッと見ると、その人が、「シィーーッ!」と。 研究会にふさわしくない話。

 大阪に行くと、串カツが食べたくなる。 店員が外国人、東南アジアの人、「おまかせ」を頼んで、ズラーッと出て来た、どれが何だかわからない。 説明してもらうと、これは「シーサーモン」。 海のシャケか、旨い。 携帯で「シーサーモン」を検索したが、出て来ない。 もう一度聞く。 ハイ、何ですか、これ「シシャモ!」。 勉強が大事だ。

 猫カフェが流行ってる。 かわうそカフェ、さわれて、滅茶苦茶かわいい。 かわうそは、穴に入ろうとする。 着物の袂(たもと)に入ってくる、あちこち動いて、すごいんだから、かわいい。 かわうそが、カップルの男の子のポケットから、名刺を取り出した。 女の子の名刺だったんで、気まずくなった、その後は知らない。 (萬橘、眼鏡を取る)かわうそ人気、自慢じゃないが、かわうそに走っている。 かわうそが、こんなに気を許したのを見たことがない、と常連が言う。 鳥カフェ、うなぎカフェとなると、残酷になる。 二回公演の二回目の落語、ぜんぜん受けなかった。 

 お婆さん、どうしたんだい。 お向うの茶店、お客が沢山入っていたから、呪いの声をかけていた。 うちは駄菓子屋なのに、御手水(おちょうず)、雪隠(せっちん)、はばかりを借りに来る。 だけど「おねえさん」と言える人はいない。 何も買わないで、借りに来る。

 ご開帳で、大勢人が来る。 いくらか取って、はばかりを貸すことにしよう。 箱を置いて、八文、入る前なら一両取れるけれど、看板に紙を貼って「一垂れ、八文」と出しておく。 それが大繁盛。 お金、山盛り。 いい御弔い代が稼げるかもしれない。 立ち小便に犬、まき散らしながら、駆けて行った。

 お向うの茶店、真似するのがうまい。 きれいな手拭、琴、尺八、三味線の音を流し、お土産も出すんで、客をみんなそっちに取られてしまった。 今日、うちに来たのは、三人だけ。 うちも土産をつけよう、「一垂れ、かりんとう二本半」。 それはよくない。 年寄の神信心しかない。 明日早く、弁当をこしらえてもらって出かける。 お婆さん、勘定を間違えないように。 日に三人しか来ないのに、お爺さんも呆けたかな。

 お婆さん、はばかりを貸してくれ。 八文、入れて下さい。 雪隠を貸して。 八文、入れて下さい。 はばかり、はばかり、雪隠、雪隠、御手水、御手水…。 お一人様、三分でお願いします、それ以上は延長料金を頂きます。

 お爺さんが、やっと帰ってきた。 今日は、急に沢山、お客様が来ました。 お爺さん、えらく御利益がある神様に行きましたね。 私は、お参りなんて行ってない。 どこへ行っていたんですか? 私は向うの店のはばかりで、一日中しゃがんでいたんだ。

柳家権太楼の「百年目」上2023/10/09 06:27

 権太楼、黒紋付だが、羽織の赤い紐が目立った。 「人を使うは苦を使う」という。 大企業の社長も一人でやれるわけでない。 昔の大店、何代も続いた店は、奉公人が二十、五十、百人、番頭も五番までいて、通い番頭もいる。 頭取番頭、一番番頭は子飼い、店ででんと構えている。 叱言の絶え間がないので、店の者がピリピリしている。 貞吉、鼻の穴に火箸を入れて、チンチン鳴らすんじゃない。 紙で拭きなさい、お前の鼻じゃなくて、火箸の先だ。 芳どん! 紙縒り(コヨリ)作ってます、百本。 いま何本だ? 九十六本、あと九十六本。 朝からそこへ座って四本かい。 後ろに何を隠した? 馬かい、コヨリで馬を作って。 これは角が生えてるから鹿、馬と鹿を間違えれば、馬鹿。 余計なことを言うな。 何で手紙を小僧に出させようとするんだ、自分で出せ。 梅どん、笑うんなら、アハハと笑え、フンと笑うな。 松どん、店先で本を読むな、通る人に暇な店だと思われる。 鉄どん、懐から出しな。 「オチビト」か。 「オチュウド」です。 何だ? 清元の本、『お軽勘平道行』。 はばかりで、豚が喘息患ったような声を出しているのは、お前か。 修業中に、習い事なんかするんじゃない。 破りなさい。

 藤三郎さん。 おいでなすったか。 叱言を言われたいのかい。 エッ、何でしょう。 居直りましたね。 帰りが遅い、一昨日の晩は、どこへ行きましたか。 お湯屋に。 寒い晩で、私は二度はばかりに行った。 表に、俥がスーーッと止まり、女の人の声がした。 ザクザク、妙な足音がして、五月雨のようなくぐり戸を叩く音、開けたのは貞吉だろ「シィーーッ」と、帰って来たのは、お前さんでしたね。 大宮さんの番頭さんとのお付き合いで、謡の会がございまして。 あんな晩くまで。 その後、ワッと陽気にと誘われまして。 どこへ。 お茶屋へ。 お茶葉を売っている店で、ワッと陽気に? 番頭さんも人が悪い、芸者、幇間のいるお茶屋で。 私はそういうところに行ったことがない。 ゲイシャっていうのは、夏着るシャか、冬着るシャか、タイコモチっていうのは、焼いて食うのか、煮て食うのか? 私は、来年別家をします。 すると店の鍵を誰が預かる、あなたでしょう。 身分、立居振舞を考えて、店を大切にしてもらわなければ困る。 わかってくれればいい、もう行ってもいいよ。 立ちたいけれど、足がしびれて立てない。

 真っ赤になってプリプリ怒っていた番頭は、番町の方の屋敷の仕事に行ってきます、棚の整理をしておいて下さい、と出かける。 半丁も行ったところで、扇子を半開きにし、真っ赤な羽織を斜めにかけた、一目でそれとわかる幇間。 大将、ここですよ、私はここです。 馬鹿、お前ぐらい気の利かない芸人はないな。 なんで店の前を、うろちょろするんだ。

柳家権太楼の「百年目」中2023/10/10 07:02

 総乃屋の女将が、みんなにしゃべっちゃった、向島へ花見に屋根舟の大きな船で行くって。 番頭が、二丁ばかり行くと、駄菓子屋の二階に三畳一間のプライベートルーム。 箪笥に入っている、友禅の別染めで、釣鐘弁慶の大津絵を描いた長襦袢に着替え、結城の羽織を肩に引っ掛ける。 どう見ても、大店の旦那。

 旦那、こっちこっち。 船に乗り込む。 みんな、よく来てくれたね。 狭いから、手酌で。 どうした菊千代、ふくれっ面をして。 私に知らせてくれないんだもの。 来ているんだから、いいじゃないか。 障子は、閉めておいてくれ。 人に見られるのが困る。 大川に出ても、開けちゃあ駄目。 お花見だか、島流しなのか、わからない。 障子、破いて覗くだけ。 吾妻橋を抜けて、皆汗をかいたんで、少し開けると、川風がヒューーッと。 向島の土手は、花真っ盛り。 ドンチャカ、ドンチャカ、カッポレ、カッポレ。 土手に上がりましょう。 お花見しましょ。 行きたい奴は行け。 みんな上がんなさい、私はここにいる。 一八さん、何とかして。 お姐さん、赤いしごきを。 大将、扇子をお顔の前に結わえて。 土手に上がるか。 肩脱ぎしましょう、友禅の肌襦袢、洒落てますね。 高島屋!

 番頭さんの緊張感が、酒と船の酔いで切れた。 追いかけっこが始まる。 由良さん、こちら、手の鳴る方へ。 とらまいたぞ。 とらまいた。

 旦那とお抱え医者の玄白さんも、花見に来ていて、茶屋にお代を置いて、立ち上がった。 年のせいか、花よりも梅見が好きになった。 ご覧なさい、先生、お金持がいるね。 芸者、幇間総揚げして…、あれはやった者じゃないとわからない。 大層な遊び方だ。 粋な遊びだ。 佐平さんです。 うちの番頭さん? 今朝も叱言で、ゲイシャっていうのは、夏着るシャか、冬着るシャか、タイコモチっていうのは、焼いて食うのか、煮て食うのか? って言っていた。 眼鏡をかけて見ましょう。 えらいものを見た、通り抜けましょう。

 酔っぱらいは、避けるほうへ寄る。 つんのめって、とらまいた。 俺が誰だかわかるか、酒を飲ませるぞ。 お前は誰だ。 人違いでしょう。 人違いじゃない、声に聞き覚えがある。 アッ、番頭さん。 (地べたに手をついて)アッ、長々ご無沙汰を申し上げておりまして。 お手を上げて、土下座などしないで。 行きましょう、行きましょう。

 だから土手に上がらないって。 あの人は、私の旦那です。 粋ねえ、粋ねえ、あの人を呼んで、お舟でみんなで飲みましょうよ。