鯉昇の「かぼちゃ屋」2014/05/08 06:31

 鯉昇は、ひと月の内に何もしたくない日がある、その日が今日だ、と。 師 匠の柳昇は、ズル休みは駄目だ、と言っていた。 電話だと仮病だとわかるの で、楽屋で倒れるのが一番。 「父危篤」「母危篤」は一回ずつしか使えない、 三回目に休みたい時電話したら、おかみさんが「今日は伯父さんかい」。 「こ れから行きます」。

 亀、洟が垂れていないの見たことがないな、洟をかめ。 紙が無駄だ。 無 駄なのは、お前の存在だ、乾して便所で使え。 こないだ、その順番を間違え た。 ハタチにもなりやがって。 ハタチって、何だ? 二十歳のことをハタ チって言う。 いつから? 昔から。 おじさんの商売は八百屋だ、三年前に 死んだ父さんもいい八百屋だった。 葉物はむずかしい、暑い間はすぐシワシ ワになる、水をかけるとピンとするが…。 おばさんもシワシワだから、水を かけるとピンとするかな。 聞こえるぞ。 かぼちゃ、売ってこい。 色っぽ くないな。 ザル二つ、大が10、小が10、20入ってる。 ハチタか。 20で いい。 大は13銭、小は12銭、これは元値、売る時には上を見ろ。 売り声 は、大きな声ではっきりと、日陰を選って歩きな。 何を言われても、逆らっ ちゃあいけねえ。 半纏、腹掛け、股引だ、財布を首から下げ、腹掛けにねじ 込め。 テンビンで担ぐんだ、腰を切れ。 何で台所へ行くんだ。 庖丁を取 りに行く、切るんだろ。

日本はいい国だっていうけど、作る人と買う人がいて、間の悪いのは、間に 入って売る奴だ。 「唐茄子屋でござい」。 そこのおじさん、半分かついで、 前歩いてくれないかな。 買って、おじさん。 湯に行くところだ。 湯にヘ チマ持って行く人、いるじゃないか。

 長屋の路地に入った、前は大きな蔵だな、回れないぞ、家に帰れない、路地 を広げろ。 蔵どけて、善処してくれ。 誰だ、ガタガタやるな、何がしたい んだ、出たいのか。 三尺の路地だ、荷降ろして、体だけ回れ。 間違いない か。 ぐるっと回れ、回ったろ。 回った。 格子がキズだらけだ、殴るぞ。  いくつ? 数、聞かれたのは、初めてだ。 かぼちゃ買って、「唐茄子屋でござ い」。 新しいか? さっきまで、河岸で泳いでいた。 いくらだ。 大が13 銭、小が12銭。 安いな、両方くれ、はい25銭。

 長屋のおかみさんたちが出てきた。 上を見ているから、売って。 なんだ、 まじないか。 洟が乾いて粉になった、売れたの。 全部売れた、そこにある のがお前の銭だ。 言ってくことがあるんじゃないか。 お幸せに。 商人(あきんど)だったら、ありがとうございました、だろう。 どういたしまして。

 早かったな、商いはバカにならなきゃあいけないっていうけれど、お前はそ のまんまだから。 えれえな、元は元で別に持ってきたんだ。 上を見た分を 出せ、見たんだろ。 見た。 お出し。 意味がわからない。 出せ。 見ち ゃったから、出せない。 儲けは、お前の分でいいんだ、これは元だ。 ずっ と上を見てたら、洟が乾いて粉になった。 お天道様とニラメッコをしていた のか、馬鹿だな。 掛け値をしろって言ったんだ、2銭ずつでも、13銭なら15 銭、12銭なら14銭で売る、そうじゃないと女房子が養えない。 お前は何で 飯を食うんだ。 箸と茶碗、カレーはしゃじで食う。 ハタチになりやがって、 それだ、もう一回りして来い。

 さっきの長屋だ、おじさーーん、かぼちゃ買って、また買って。 買えるか、 ガチャガチャじゃないからな。 でも、熱いまなざしに弱いな。 今度は15 銭と14銭。 なんだ、消費税か。 おじさんが掛け値をしろって。 読めて きたぞ、路地に入って来た時から、ひょうきんで言ってるのかと思っていた。  地だったんだ、おめでたいんだ、歳はいくつだ。 歳は60。 60ってことは、 ないだろう。 元は20で、40は掛け値、掛け値しないと女房子が養えない。