鯉昇の「武助馬」2015/12/05 06:26

 生ホッピーのせいではないだろうが、物忘れが多くなって、今年は落語が随 所でハミングになる。 落語は、お客様がしっかりしていることが大前提の芸 能で、そこを頼りにしてやっている。 お客様は、昔話もご存知だ。 昔々、 お爺さんとお婆さんがおりました。 お婆さんが九時頃に起きて川へ洗濯に行 くと、早く起きて山に柴刈りに行ったお爺さんが流れて来ました。 お婆さん は見て見ないふりをして、半年後、若い男と結婚しました。 アメリカの大学 を出たお嬢ちゃんが帰って来て、アメリカでは同性婚というのが全州で認めら れたんだそうで…。 日本も近々そうなるんでしょうか。 そうすると、落語 も様変わり。 お爺さんとお爺さんが、山に二人で柴刈りに行きました。 終 り。 川へ行く人がいないので、やりにくい。

 私は浜松の出で、もの忘れは多くなったが、子供の頃の思い出は甦る。 今 は、みかんの時期。 昼間はお金を出して買うけれど、夜は、いろいろ方法が ある。 先日里帰りをしたら、夏休みの絵日記が出て来た。 8月4日、将来 の夢、ファッションモデル。 4年生の時は、役者になりたかった。 協調性 がないので、この商売になった。 楽屋で、仲入後、シカ芝居をやろうという ことになって、「俊寛」をやった。 離れ島に残された俊寛が船を見送る場面。  古着屋でそれらしい衣装をあつらえ、張り子の岩につかまった。 幕が開いて、 そのまま幕になった、「瞬間」だった。

 武助か。 旦那様、ご無沙汰を致しました。 役者の修業で上方へ参りまし て、片岡仁左衛門に弟子入りして、土左衛門。 吉本の人か、洒落っ気のある 人だ。 役がすぐに付いて、『忠臣蔵』の五段目の猪、『慶安太平記』で犬、『和 藤内』の虎、『先代萩』の鼠…。 十二支か、人の役は? 腰元の役、「もうよ い、次に下れ」。 セリフがあるのか。 それは兄弟子のセリフで、「へ、へ…」 と言う役。 それで、お終いか。 すぐ江戸に戻ってきたが、芝居は家柄が大 事で、噺家は人気があればいいけれど、ようやく中村勘三郎の向うを張る中村 堪袋(かんぶくろ)の弟子になった。 お笑いの人か。 頭陀袋という名前に しろと言われたが、もじもじしていると、本名のままでかまわないと中村武助 になった。 舞台を踏んで、将来は歌舞伎座や国立に出たいと、努力している。  おとといから、隣町の八百屋を抜けた路地に小屋掛けして、『一谷嫩(いちのた にふたば)軍記』をやっている。 好きな芝居だ、直実か。 それは親方の堪 袋。 何の役だ? 馬の脚。 大変なんです、二人入る。 前脚か? 前脚は 兄弟子の池袋さん、後ろ脚を演じている。

 明日、友達を誘って、総見といこうか。 どれだけの人がいる? 人数より 余計に弁当を差し入れる。 弁当に酒、30人分、楽屋には鰻弁当の差し入れ。  懐かしの鰻の蒲焼だ、あんたの芸がいいからでしょう。 日本一の馬の脚!  ヒヒーーン。 前脚の兄弟子がいない。 鰻弁当食って、裏で昼寝してる。 幕 が上がっている。 池袋さーーん。 次は、目白。 今日は世話になったね。  客の所へ行ったら、舐めてけって言われて、飲んだら、うめえの、一升空けち ゃった、もうベロベロ。 鰻弁当、うまかったねえ、もう寝よう。 駄目です よ、幕上がってんだから、30人の団体、ひと月分の客だ。

 足元定まらず、酒臭い。 下っ腹に力入れると、シャキッとする。 ブッ!  一発、やりましたね。 鰻弁当のお礼だ。 一発で驚くな、奥州のほうには八 戸という所がある。 親方は、鰻弁当を八つ空けた。 黒い塊が出ましたね、 熊谷だ。 今日は馬の後脚の総見だ、声を掛けて…、掛けないと割り前を取る。  待ってました、馬の後脚!

 武助は、声を掛けられたのが初めて、張り切って、ピョンピョン跳ねた。 親 方の熊谷が手綱に力を入れ、首ったまにしがみつく。 張子の馬の首がボキー ッと折れて、親方は落馬、兄弟子の池袋が顔を出す、馬が丸顔になった。 こ んな趣向が隠れているとは、知らなかった、野郎、飲んでるな。 慌てて幕を 締めたのを、前の客が引っ張って、幕がドサーーッと落ちた。 書割が後ろに ツツツッと下がって、裏の家との境の塀に寄りかかった。 折があったら倒れ たいと思っていた塀だ。 書割と一緒に倒れると、裏の家の庭でおかみさんが 行水を終わり、立ち上がったところだった。 アレーッ! さあ、どうする、 どうする。 馬の腹から顔を出した武助、「ヒヒーン、ヒヒーン」と鳴く。 馬 の脚――ッ、真面目にやれーッ。 耳がないから聞こえない。 これが本当の、 馬の耳に見物だ。

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