柳亭市馬の「らくだ」前半 ― 2024/08/29 07:01
舞台は長屋、貧乏極まりない長屋、本名馬、あだ名はらくだ。 そういう奴の所には、ならず者の仲間が集まる。 らくだ、いるか? なんだ、あんな所に寝てやら。 起きろ、いつまで寝てるんだ。 妙な顔だ、参っているんだ。 ゆんべ、フグを持ってた、これから食うっていうから、危ないぞと言ったのに、あのフグに中ったんだ。 らくだは兄ィって言うけど、俺の方が年は下だ。 弔いの真似事をしてやるか。
屑ーーイ、お払い。 おい、屑屋。 アッ、らくださんの家の前だった。 こっちに入れ。 らくださんは……、越したんですか? 長年のお付き合いでして。 越したんじゃない、寝てる、生涯起きない、くたばってる、死んでる。 あなたが……。 フグ食って死んだらしい。 フグも、よく中てましたね。 フグ食って、フグ死んだ。 俺はらくだの兄弟分だが、博打で負けて一文無しだ、でも弔いの真似事をしてやりたい。 らくださん、わたしは二年前に見限りました、ずいぶん痛い目に遭わされて……、(懐から何か包んで)これ、線香の一本でも手向けてやって下さい。 なみだ金ですが、死にゃあ罪もない、みな仏様です。 月番は誰だ? 井戸の前の、下駄の歯入れ屋さん。 そこへ行って、らくだが死んだ、長屋には祝儀不祝儀の付き合いがあるだろう、香典をナマで集めて持って来い、と言って来い。 ザルと秤(はかり)置いてけ、見ててやるから。 やさしく言っているうちに、行ってこい。 恐い、目が三角になってる。
らくだが死んだって、いい知らせだ、心の霧が晴れていくようだ。 兄弟分という、おっかねえ奴がいて、長屋には祝儀不祝儀の付き合いがあるだろう、香典をナマで集めて持って来い、と言ってます。 あいつにだけは、付き合いがない。 とても、おっかねえ奴ですよ。 わかった、強飯蒸かしたつもりで、香典持ってくよ。
月番さん、後で届けますって。 もう一軒、行って来い。 大家んところへ、行って来い。 大家と言えば、親も同然、店子が死んだんだ、大家さんは忙しいだろうから来なくていいが、いい酒を三升、煮しめ、ハスにごぼう、芋に半ぺん、こんにゃくを大皿か大丼に、塩利かせて煮て持って来い、と。 名代のしみったれ大家ですよ。 出すの、出さないって言ったら、死人(しびと)をかつぎこんで、カンカンノウを踊らせますって、言って来い。 屑屋、俺はやさしく言っているんだよ。
屑屋じゃないか、まだ出したばかりだろう。 ゆんべ、らくださんが死にました、フグに中って。 らくだ、本当に死んだのか、お婆さん、聞こえたか、今朝、茶柱が立った、そうかフグがやってくれたか、何年分のいいとこだな。 兄弟分というのがいましてね、昔からよく言いますね、大家と言えば、親も同然って、その方が言うのには、子供連中が集まって弔いをするんで、大家さんはお忙しいだろうから、お出でにならなくてもいいんですが、いい酒を三升、煮しめ、ハスにごぼう、芋に半ぺん、こんにゃくを大皿か大丼に、塩利かせて煮て持って来い、と。 お前、らくだは越してきて三年、前家賃の一つも入れてねえ。 こないだ寄ってよ、店賃を払うか、出ていくかどちらかにしろと言ったら、どちらもできねえってぬかす。 じゃあ、払うまで動かないって言ったら、本当に動かないなって、薪ざっぽうを持ち出した。 慌てて逃げ出して、買ったばかりの下駄を置いてきた。 翌日、らくだがその下駄を履いて、家の前をカランコロンと通って湯に行きやがった、くやしいよ。 何しろ、大家さんは名代のしみっ……、しみじみいい大家さんだと言ったんですが。 死人をかつぎこんで、カンカンノウ踊りをご覧に入れるって、言ってますが…。 そんなこけおどしのような……、いい余興、早く見てみたい。
大家さん、一筋縄じゃいかない。 らくださん、前家賃の一つも入れてないそうで。 当たり前だ、こんな汚ねえ長屋。 カンカンノウ、早く見てみたいって、そう言ってんだな。 頼まれりゃあ、しょうがない。 あっち向いて、座れ。 アッ、親方、おぶさりっこで遊んでいる場合じゃない。 ワッ! キャッ! 冷たい! しっかり、おぶえ。 食いつかないから、引きずってけ。
そこか、戸を開けて、らくだを、そこへ立てかけろ。 手拍子を打って、カンカンノウを歌え。 歌わねえか。 ♪カンカンノー、キュウライス! 誰だ。 ソレ、ソレ、ソレ! 屑屋、歌うな、わかった、わかった、酒と煮しめ、すぐに届ける。 ずるずる、引きずって、帰っていく。 お婆さん、逃げんの、早いな、塩を撒け。
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