「女王様」の万能薬 ― 2008/07/08 06:57
三田完さんの『乾杯屋』に「女王の食卓」という一篇がある。 大学生だっ た中島リエが自ら作詞作曲した歌で一躍スターになったのは、20年前だった。 彼女の曲はつぎつぎとトレンディ・ドラマの主題歌に使われ、ヒットチャート の上位を占めた。 シンガーソングライターとして不動の地位を築いたリエは デビュー三年目に、ミュージシャンで彼女の音楽プロデューサーでもあった西 条寺徳幾(のりちか)と結婚し、以来、徳幾はリエの所属事務所の社長をつと めている。 年に一度発売するCDは必ずミリオンセラーとなり、コンサート のチケットは30分で売り切れる。 今や西条寺リエはスーパースター、業界 では彼女のことを「女王様」と呼んでいる。
私は世間に疎い上に、音痴だから、この小説にモデルがあるかどうかはわか らない。 でも何となく、モデルがありそうで、名前も思い浮かぶから、その ミーハー的興味も手伝って、三田完さんの小説世界に引き込まれてしまった。
リハーサルの冒頭、ミュージシャンたちの演奏が気に入らず、憮然とした表 情で、溜め息をついた「女王様」がスツールに座り込む。 スタジオの誰もが 「女王様」と目が合うのを恐れ、沈黙する。 レコード会社から西条寺オフィ スに出向し、西条寺リエのマネージャーとなった野村暎子の主な仕事は、メリ ー・インのテリヤキ・チキン・バーガーを買いに走ることだった。 西条寺リ エの機嫌が悪い時、テリヤキ・チキン・バーガーは万能の物体だった。
お金はいくらでもあり、グルメの極致かと思われる「女王様」の、この落差 が可笑しい。 テリヤキ・チキン・バーガー一件も、西条寺徳幾がすけべなの は、京都の公家の出なので、生まれながらにして女あしらいの天才だというの も、真っ当な話なのかと、つい思わされてしまう。 三田完さんの筆の先に、 あやつられて…。
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