三遊亭兼好の「生きている小平次」 ― 2022/11/03 06:52
兼好の出の前に、場内の照明が暗くなった。 こんなことは、彦六の正蔵の頃も、一度もなかったように思う。 メモを取っている私は、手元がまったく見えなくなってしまった。 5月の半ば過ぎ、奥州安積(あさか)沼に小舟を出して、幼なじみの二人の男、鼓打ちの安達左九郎と役者の小幡(こはだ)小平次が釣りをしている。 陰気な所、左九郎が大物を釣り逃がして、沼の主だと。 小平次が「お近さんを、俺に渡してくれねえか」と。 左九郎は、女房のお近が、小平次と密かに付き合っているのを、役者買いだと思っていたと言う。 本気なんだ、死んでも添い遂げる、と小平次。
左九郎は、舟の敷板を剝がして、小平次の頭を殴り続ける。 頭が割れて、胸に血が流れる。 俺という亭主がありながら、と小平次を蹴る。 沼の中にドボーーン。 左九郎が舟を漕ぐと、船べりに手をかけて小平次が上がろうとする。 左九郎が、舟板でその船べりの手を打つ。 指がちぎれる。 小平次が沼に沈んで、沼に咲いていた白い花が、赤くなった。 左九郎は小舟を岸へ。
誰だい、今行くよ。 お近は二階で化粧をしていた。 色白で背が高い。 下へ降りて、誰? その男が、ほっかぶりをとると、小平次だった。 今戻って来た。 いいから、入っとくれ。 着物がぐっしょり濡れている。 左九郎は? 帰って来ないよ、安積沼で殺しちまった。 一緒になってくれ、一緒に逃げてくれ。 着物着てくるよ、とお近は二階へ。
祭時分で、外はにぎやかだ。 お近は仕度をして、下に降りる。 お近、今帰った、と左九郎。 お前さん、生きてたんか。 小平次がお前を沼に沈めたって、さっき、そこにいたんだ、上がり框が濡れているだろう。
そこへ、小平次が現れ、「お近さんを、俺に渡してくれ。俺に渡してくれ」。 化け物だ、殺しちまいな、とお近。 左九郎は道中差しを抜き、小平次の喉を刺す。 小平次は跳ねて、土間にドスーーンと倒れた。
さあ、逃げるよ。 谷中の家へ行こう。 落ち着くんだ、とお近が蚊帳を吊る。 左九郎は泣いている。 お前は悪くない、とお近。
それから二か月後、木更津の浜辺、左九郎とお近の二人が切り株に腰かけている。 二人は追われる身だ。 いつまで逃げんの。 小平次は生きている、間違いない、何遍も見た。 お前と添い遂げるまではと、追ってくる。 江戸へ戻ろう。 あいつが現れたら、また殺しゃあいい。
旅姿の男が一人、切り株に座って、一服する。 そして、二人の後を追う。 切り株が、ぐっしょり濡れている。 あたりには、風の音。 波の音。
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