古今亭志ん輔の「小猿七之助」後半2023/08/04 07:01

 姐さん、見たかな、見たな。 親父の名前を知られたんじゃあ、一人殺すも、二人殺すも、同んなじだ。 一旦くぐった永代を、もう一度くぐる。 七さん、どこへ行く。 船に乗ったら船頭任せ、黙ってついてきてくれればいい。 大粒の雨が降って来た。 佃あたりに回って、汐入に船を停める。 築地の波除稲荷の灯籠の光りが、ぽつり。

 七之助は、懐に吞んでいた匕首で、お滝に向おうとする。 七さん、すごいことを、おしでないよ。 見たな、薄情な男だと、せっかく拾った命を捨ててしまった。 でもね、お前のことを薄情だとは思わないよ。 私を殺そうとしているんだろ、どうせなくなる命、ああそうだと思うから、やっとくれ。 同じ女房で苦労するなら、七さんのような人とと思って、ずっとジリジリしていたんだが…。 昼の舟遊び、客と二人、お前の顔を見たら、ニッコリ笑ってくれた。 こんな私でよかったら、お前の胸の内を聞かしておくれでないかい。

 すまねえ、姐さん、恐い思いをさせてしまった。 面目ねえ。 イカサマバクチで、三十両ふんだくったのは、俺の親父だ。 十四の時、五十両の贋金をつかまされ、五年の所払いになったのを、俺がひっ被って、バクチはやめろという意見のつもりだったんだが、通じはしねえ。 そんな親でも、親は親だ。 ガキの頃、投網で、丸、四角、三角と、打ってくれた。

 わかったよ、七さん、お前はただの人殺しじゃない。 幸吉がお店者というのは仮の姿、しっぺ返しの幸吉という手練れだよ。 永代橋で飛び込んだのも、下にこの船がいるのを、確かめてからだ。 お人好しだねえ、幸吉は根こそぎかっさらう、女房は売る、浮世のゴミの掃除をしただけなんだよ。 悪党だよ。

 姐さんは、七変化のお時、親分は暗闇の七蔵、網打ちの七蔵。 ここまで言ったからには、後には引けねえ。 七さん、強い者には弱い者のために、やらなきゃならないことがある。 一緒にやるかい。 二人で悪事の限りを尽くす、「小猿七之助」の序でございます。