二本榎、源昌寺ヤマトフ増田甲斎の墓2024/02/14 07:14

 俵元昭さんの『港区史蹟散歩』で、「画家・英一蝶の墓」の次が、「二本榎の中心地」だ。 高輪消防署二本榎出張所があるが、公式の町名に「二本榎」はないという。 出張所の向かい西側の駐車場に幹が二本に分かれた榎が一本あって、これが現在の二本榎だ、とある。 この位置に昭和37(1962)年に伊勢原市に去った上行寺(じょうぎょうじ)の門があり、その門前に街道の印に植えられた二本の榎があったため地名が起こったという。 徳川家康の入国のときにも二本榎の徳明寺(現存しない)で休憩したとある。 現在黄梅院(高輪一-27-21銭洗不動所在)に二本榎と地名の由来を石碑にしてある。

 出張所と高輪警察の間の道を右に下ると、国道1号線桜田通りを越えて、明治学院がある。 昭和29(1954)年からここの中学に通った私は、池上線で荏原中延から五反田に出て、都電4番に乗り五反田駅前から白金猿町(現、高輪台駅のところ)の次、二本榎で降りた。

 二本榎の次は、清正公前だが、そこまで行く前の右手に、源昌寺(高輪一-23-28)という寺がある。 これも『港区史蹟散歩』で知ったのだが、ここに福沢と多少関わりのあった「幕末の奇行国際人増田甲斎(橘耕斎)の墓」がある。 幕末の時代相と性格から数奇な運命をたどった人物で、経歴もはっきりしない部分がある。 遠州掛川の藩士立花粂蔵だが、人望を失う事件をおこしたとも、根津遊廓で喧嘩したとも、主家の什物を売って浪費したとも、恋愛事件で女性を殺したとも、藩風にあわず嫌われたともいう。 脱藩して博徒に交わり、のちに出家し、諸国行脚に出た。 伊豆の戸田(へた)に滞在中、ロシア軍艦の難破に遭遇し、ロシア人通訳にはかって、代船の出航に芝居用の赤毛のかつらをかぶり、伝染病の水兵を装って密出国した。 ロシアに向かう途中、イギリスの捕虜になったりしたが、ペテルスブルグでロシア外務省の通訳官となってウラジミール・イオシフォヴィッチ・ヤマトフと名乗った。 安政4(1857)年、外交官ゴシケウィッチと協力して橘耕斎の名で『和魯通言比考』を著わした。 これが最初の日露語辞典である。 その勤務ぶりにもさまざまな風説がある。 文久2(1862)年の遣欧使節で、福沢諭吉は訪れたとき刀掛けがホテルに用意してあったのに驚くが、彼の仕業だった。 滞ロ20年を経過し、明治6(1873)年岩倉具視使節団の一行に会って説得され、54歳で帰国した。 ロシア政府の年金で増上寺境内内山下谷38号の一室に起居し、明治18(1885)年65歳で死去すると、源昌寺に葬られた。 維新前後自らを運命の翻弄にまかせた型破り日本人だった。 戒名は全生院明道義白居士、墓碑銘の七言絶句に生涯が要約されているという。

 『福翁自伝』に、こうある。 ロシアで接待委員の人々と懇意になって、種々さまざまな話をしたが、接待委員以外の人からロシアに日本人がいるという噂を聞いた。 それは公然の秘密で、名はヤマトフと唱えている、会ってみたいと思ったが、逗留中会えなかった。 接待中の模様に日本風のことがある。 たとえば室内に刀掛けがあり、寝床(ベッド)には日本流の木の枕があり、湯殿にはぬか袋があり、食物も日本調理の風にして、箸茶碗なども日本の物に似ている。 どうしてもロシア人の思いつく物ではない。

 松沢弘陽さんの、新 日本古典文学大系 明治編『福澤諭吉集』『福翁自伝』校注には、橘耕斎として、こうある。 職務上の過ちのため脱藩、伊豆戸田村に滞在中、同地で安政大地震のため大破した乗艦の代船を建造中のロシア使節プチャーチンの一行を知り、中国語通訳官ゴシケビチのすすめで、国外に脱出し、1856年ごろペテルブルグに到る。 1857年ゴシケビチを助けて『和魯通言比考』を刊行、受洗してウラジミール・ヨシフォビチ・ヤマトフ(大和夫)と改名し、ロシア外務省通訳官やペテルブルグ大学日本語教師を務めた。 明治7年帰国、増田甲斎と名乗り、仏門に入った。 「西航手帳」文久2年閏8月2日(1862年9月25日)の条にフランスの友人ロニからペテルブルグで「橘耕斎」に会ったことを聞いたと記す(『全集』19、105頁)から、福沢はヤマトフの本名を橘耕斎であることをペテルブルグ滞在中には知ったのではないか、と。(福沢のサンクト・ペテルブルク滞在は、1862年8月9日から9月17日。文久2年閏8月2日は、1862年9月25日で、福沢は9月22日からパリに戻っていた。)

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