米團治の「代書」ジレキショ編2011/12/02 04:29

 代書屋、今は行政書士というようで…。 昭和初期のお話です。 ごめんな はれ、紙に字ィ書いてくれるのはここで…、ジレキショたらいうもん、持って 来い言いよったよって。 履歴書やろ、就職をなさる。 そんなことはしませ ん、ちょっと勤めに行く。 勤め先は? いわんとくわけにいきまへんか。 い かん訳ないけど、官庁と会社で書き方の違う場合があるよってな。 箱屋だん ね。 紙箱工場? 色街の箱屋だんがな。 妓丁(おとこし)さんやな、色気の ある商売で。 あんた、本籍は? 相生席(あいおいせき)。 芸者屋の席とは 違う。 本籍、生まれたとこや。 大阪市南区日本(にっぽん)橋3丁目26番地 風呂屋の向い。 現住所は、右に同じ、と。 戸主は? そんなもんあれしま へん。 戸主のない家があるかいな、あんたが戸主でんな。 えへへ、おだて たらあかん。 名前は? 田中彦ジ郎、いい名前や、ジは次か治か。 おまか せしときますわ。 田中彦次郎、と。 生年月日は? 確か、なかったと思い ますわ。 生まれた年や。 わぁ、えらいことになった、歳がばれるわ。 ご 大典の提灯行列の日、昭和3年11月10日、近所の若い者も娘も皆着物拵えて 行列した。 その時、提灯の火貸したったんが縁になって、今の内の奴…。 何 言うてんねな、生年月日や。 干支は申(さる)、ええとこの子じゃあなくて、 エテコウの猿。 明治41年。 天神祭の次の日。 7月26日、と。 学歴は?  学校、もう行ってまへん。 子供の時や、何という小学校や。 尋常という小 学校。 難儀やなあ、本籍地学区尋常小学校卒、と。 たった一つの自慢でん ねん、二年で卒業した。 中途退学、と。

 次は職歴や。 食い物のことだすか。 自分が今までしていた商売をみな書 くのや。 つらいな。 巴焼を売った、回転焼、今川焼ともいう。 昭和4年 11月、玉造駅前に於いて、饅頭商を営む。 これいつまでやってたんや。 い え、それ家賃が高いので、止めた。 一行抹消、判を貸しなはれ。 それから、 夜店をやった。 昭和4年12月、露天営業人として、品物は何や。 下駄の 減り止め。 ブリキでこしらえた奴で、ちょっと見るとえらい具合がええよう なけど、ぶち明けて言いまんがあれ買いなはんなや。 石の上歩いたら、すぐ 駄目になる。 二時間で止めたった。 一行抹消。 判、貸しなはれ。 本職 は何や。 本職はガタロウ(河太郎)。 ガタロウって何や。 胸まである長靴 履いて、川の中で泥すくうて、金屑やらを拾う。 川床に勤務とか、書けませ んか。 河川に埋没したる廃品を回収して、生計を立つ、と。 うまい。

 そいから昭和10年10月10日、ぞろ目の日。 そういうふうに言うてくれ ると書きよい。 飛田…、西成区山王飛田町に於いて。 わいと松っちゃんが、 初めて姫買いしましたんや。 あんたアホや、そんなこと履歴書に書けるかい な。 そやけど読む人が面白い。 よろしよろし、こちらでええように書いて おくわ。 賞罰は? ショウガツは、年いっぺん。 賞罰なし。 何や大きな 判押しなはったな、そら何と書いておますね。 「自署不能に付代書」と書い たる。 一枚十銭、二枚で二十銭や。 えっ、二十銭、松っちゃんに十銭取ら れた、すんまへんけどこれ一枚だけわけとくなはれ。 履歴書半分持っていっ てどうする、まあしようがない、書いたもんやよって持って行きなはれ、負け といたげる。 あんた、いい人や。