さん喬の「雪の瀬川(上)」の(下)2011/12/30 04:17

 ご免、ちと遠縁で揉め事があり、江戸を離れていたと崋山が来て、若旦那の お顔だけ見て、花の会へ行くという。 若旦那をお連れするには、ちと場所が よろしくない、吉原だ。 花を見に行くだけならと若旦那、下司な考えを言う 番頭に、私は先生と吉原へ行って来ます、と大声を出す。 番頭、心の中で、 やった!

 宇治五蝶という幇間の家へ行くと、緋毛氈に花道具、奥には茶道具が用意し てある。 カタカタカタと、下駄の音がして、花魁がもう来ていいかと、カム ロが聞きに来る。 今がちょうどよい時。 お抹茶を一服頂いていると、表が 騒がしくなり、髪は立兵庫に結い、目元涼しく、口元の笑みが優しい、富士に 鶴が舞っている部屋着で、カラリコロリ、ごめんなんしてと、飛ぶ鳥も落とす 勢いという松葉屋瀬川太夫が、入ってくる。 エゾ菊を手にすると、鋏をパチ パチ、花を生ける、見事なお手前だ。 鶴二郎に軽く会釈すると、カラリコロ リ、帰って行った。

 もし若旦那、どうかなさったか。 先生、今の方は、おきれいな方ですね。  江戸で一、いや日本で一、一枚絵にも描かれる松葉屋の瀬川太夫。 お届け物 です、瀬川太夫からのご祝儀、台の物です、お料理。 ご挨拶代わりでしょう。  お返しに何か、天丼か何か。 五両がとこ返すのが、吉原の定め、そういう所 なんです。 直(じか)にお会いして、お礼申し上げる方がよろしゅうございま す。 ですから、直に。 承知しました。

 初会にして、衣衣(きぬぎぬ)を重ねることが出来た。 おはようございます、 若旦那をお迎えにまいりました。 もし花魁、崋山先生がいらっしゃいました。  どうぞ、お開けなんして。 太夫は、凛と座っている。 もし若旦那、お起き なんして。 朋有り、遠方より来る、また楽しからずや、ジュゲムジュゲム、 ゴコウノスリキレ、私は眠くて眠くて、起きることが出来ません。 いいえ、 私が寝ようとすると、太夫が濃ーいお茶を淹れて、もっと話を聞かせておくれ、 と。 また、私が寝ようとすると…。 今、ようやく寝たところです、先生、 先に帰ってください。 そんなことでは、儒者としての私の立場がない。 い いえ、両国の性の悪い幇間だと聞きました。

 鶴二郎と瀬川太夫の深い恋、つらい悲しい物語は、あと七時間ほどかかる。  あとは、また次回(来月の(下))。