「あなた、いい学校に行きなさいよ。」2013/03/10 07:38

 ゼミナールで教えて頂いた故小尾恵一郎先生の奥様、小尾芙佐さんは英米文 学の翻訳家である。 ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』、アーシ ュラ・K・ル・グィンの『闇の左手』『言の葉の樹』、アイザック・アシモフの 『われはロボット』『神々自身』、スティーヴン・キングの『IT』など沢山の翻 訳があり、近年は光文社古典新訳文庫でシャーロット・ブロンテの『ジェイン・ エア』や、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』を訳されて、八十代にな られてもお仕事に勤しんでいらっしゃる。 鎌倉文学館で現在開かれている「ミ ステリー作家 翻訳家」展(4月21日まで)に「鎌倉に“現存”する翻訳家は わたし一人ということで、展示室のはしっこのほうに、ちょこっと紹介されて います」というお手紙と、玉稿「『高慢と偏見』の新訳」の載った『鎌倉ペンク ラブ』No.8 2013.1を送って下さった。

 その『鎌倉ペンクラブ』に、新入会員の橋出たよりさん、フィクションライ ターという肩書の方が「いいひとたちに会えるから」という一文を寄せていた。  小学六年生になったばかりの春、近所のおばちゃまが、「なぎさホテル」でテー ブルマナーを教えてくださった。 その時、「あなた、いい学校に行きなさいよ。 いいひとたちに会えるから」と言われて、わくわくしたというのである。 私 はその言葉に感心し、小尾芙佐さんへのお礼のハガキに、「小尾先生に出会い、 よい仲間に恵まれ、こういう嬉しいお便りを頂ける訳です」と、書いた。

 昔、桑原三郎先生に昭和22(1947)年から31(1956)年まで幼稚舎長を務 めた吉田小五郎さんの『幼稚舎家族』という本を頂いた。 吉田小五郎さんの 七回忌にあたり、平成元(1989)年7月に同書刊行委員会が刊行した遺稿集だ。  この本の索引には「よい学校」「慶応義塾に学んだ仕合せ」「古くて新しい学校 (最古最新)」「和(和を以て貴しとする)」「和して同ぜず」「我が道をゆく」「紳 士(紳士道)」「人生(人生の送り方)」といった不思議な項目がある。 索引を つけたのも、こうした項目を設けたのも、編集の中心になった桑原三郎先生の お考えだと思う。

 「よい学校」の本文二か所を引く。 63頁「私はよい学校に欠くことの出来 ない一つの大きな条件として、その学校で良い友達を得られるかどうかという ことを考えている。その点について、幼稚舎は小学校として天下に類の少い学 校の一つだと信じている。私は同窓会の年々歳々盛になつてゆくことを祈るも のである。」(「無題 六」昭和25年9月)

 94頁「或る学校に入るということは、勿論その学校で勉強することが第一義 であるが、同時にその学校の雰囲気にひたり、その学校でなければ得られぬ友 を得るということである。/日本にも学校は多い。又たゞ良い学校というもの なら沢山あろう。我が慶応義塾を他の学校に比べ、冷静に判断すれば、何をも つとも誇りとするのであろう。学問の系譜か設備か、私はそのいづれかに於て も我が義塾が日本一とする勇気がない。然し、慶応義塾の卒業生が一度塾を離 れて、私(ひそ)かに学生時代を追懐し、塾を出てよかつたと思う心の強いこ と、これだけは日本広しといえども他に類例を見ないところであろう。実に社 中の結束、我が義塾の卒業生に比ぶべきものはない。」(「幼稚舎学生同窓会結成 を慶ぶ」昭和26年12月)