春風亭朝枝の「加賀の千代」2023/12/06 07:07

 11月29日は、第665回の落語研究会、水天宮に近い日本橋劇場(中央区立日本橋公会堂)初の会だった。 こじんまりとした劇場だ。

 朝枝は黒紋付、ペコペコとへりくだった様子で出てきた。 お前さん、書付どうすんの、私、お金ないよ。 井上の隠居に借りておいで、甚平さん、甚平さんて、可愛がってくれてんだから。 可愛がるって、犬、猫じゃないよ、膝に乗ったり、フトコロに入れてもらったことはない。 植木や朝顔を可愛がる人もいる、朝顔だって、可愛がった人がいるんだ、昔、おっ母さんに聞いた話だけれどね、加賀に千代って人がいて、殿様に呼ばれた、御前に伺候せよってね。 俺も留さんとこで、四光をやった。 偉い人の所へ行く伺候だよ。 松、桜、月、桐の札が揃って、あと雨がくれば五光だった。 花札の話じゃないよ。 御簾が上ると、梅鉢の紋だ。 即興で<見上げればまがうことなき梅の花>と詠んだ。 井戸で水を汲もうとすると、釣瓶に朝顔の蔓がからんでいたんで、<朝顔に釣瓶取られて貰い水>って、朝顔を可愛がる句がある。 お前さんだって、隠居さんには朝顔みたいなものだよ、お金借りといで。

 いくら借りて来るんだ。 20円。 そんな大金貸してくれないよ。 8円5、60銭あれば、間に合う。 そう言えばいいじゃないか。 そこが素人、はなから上を見て掛け値をするんだ、20円と言えばね、半分貸してくれても10円になるだろ、金借りるコツだよ。 これを持ってって。 饅頭、表の菓子屋のか、皮が厚くて、あんこは小指ほどだ、隠居さんは食べないだろう。 義理を立てるんだ、隠居がいるのを確かめて、お清さんに渡すんだよ。

 コンチワーーッ、いますか、いませんか、隠居さん。 アー、いますよ。 お目にかけて下さい、饅頭です。 甚平さんが来たのか、入れてあげなさい。 どーーも。 久しぶりだね甚平さん、忙しいかと思って、声をかけなかった。 仕事はどうだ? どうでしょうか。 なまけてるのか。 ハイ。 私はそういう甚平さんが好きだ。 持って来たんだから、何か言ってください。 お礼の催促か、ありがとう。 町内のせこな饅頭ですが、女房が義理を立てるんだから持って行きなっていうんで。

 金の無心かい。 幾らいるんだ、言ってごらん。 聞かないほうがいいですよ。 いいから言ってごらん。 でも、言うと、あなた驚くから。 いいから言ってごらん。 20円貸して下さい、お願いします。 お清、財布を。 はい、20円。 あのーッ、そういうことじゃないんですけど。  100、20円かい。 200、20円かい。 そういうんじゃないんで。 300、20円、500、20円、1000、20円…、お清、本家に使いに行ってくれ。 甚平さん、言ってごらん、黙ってちゃあわからない。 泣くほどの大金か。 本当は8円5、60銭あればいいのに、そこが素人、はなから上を見て掛け値をするんだ、20円と言えばね、半分貸してくれても10円になるだろ、金借りるコツだよってのが、カカアの弁で。 10円だったんか、はい10円。 私は朝顔ですか?<朝顔に釣瓶取られて貰い水>の。 ちょいと、待ちなさい。 それは加賀の千代だろ? いいえ、カカアの知恵です。

三笑亭夢丸の「噺家の夢」2023/12/07 07:00

 夢丸は、朝枝と対照的に、ピョコピョコにこやかに出てくる。 国立劇場の建て直しに7年かかるそうだ、パッとサイデリアとは行かないらしい。 ある師匠は、生きている内に出来ないかも、と。 うん、と、うなずいたら、うんというんじゃないと、怒られた。 入門した頃、客足の悪い寄席で、12時開演なのに客がいない。 客が来たゾーーッというんで、急いで高座に上がったら、客が出口へ逃げて行くところだった。 無観客の先駆け。 明くる日も、客が一人。 借り切りの、リッチな気持、五十人ぐらいいるつもりで、と声をかけたら、昨日逃げたのも俺だ、と。

 師匠の四代前の頃、地方では客が一人、二人というのはざらだったと聞いた。 採算が取れず、現地解散。 少しずつ、東京へ帰って来る。 懐に8円しかなく、東京への汽車賃にもならない。 この辺に駅はありますか? 線路の脇にある。 その線路は? 山を越えたところだ。

 山奥で暮れてきたので、泊めてもらえないか、と聞く。 どことなく間の抜けた顔だが、何をしている? 噺家。 カモシカか? 座蒲団の上に座って、一人でしゃべるんで。 頭がおかしいのか、まあいい、上がれ上がれ。 おナカは? ぺこぺこ。 雑煮でよかったら、食え。 自分で、よそえ。 頂戴します。 おじさん、噛みしめるたびに、ジャリジャリしますが? 味噌が足りないから、赤土入れた。 藁のようなものが、入ってますが? 藁だよ。 うちの村秘伝の、イタチの味噌漬けはどうだ。 けっこうで。

 おはようございます! 10分か15分で、鶏を絞めるが食うか。 食えない。 魚屋はありませんか。 魚屋はいないが、山を越えれば、浜で魚が買える。 ふっかけるから、値切って、安く買え。

 ここか、きれいな浜だ。 魚をわけていただきたい。 この鯛、おいくらで? 安かねえぞ、驚くな。 一匹1銭だ。 嘘でしょ。 20銭なら、20匹並べる。 30銭なら、マグロとカツオも。 鯨、持って来い。

 5銭で、おつりを。 つり、ないぞ。 どうぞ、お取り下さい。 骨休めの村祭りにすべえ。 ありがとうございます、万歳、万歳!

 鯛を買ってきました。 幾らで? 1銭。 1銭あれば、網ごと買える。 一晩お世話になったんで、10銭。 10銭玉、初めて見た、孫子の代まで安楽に暮せる。 8円あったら、どうなる。 1円は、1銭が100枚。 庄屋さんの蔵に50銭玉がある、日本国中から集めたって聞いた。 お前様は、東京の三井様か、しばらく住んでもらいたい。 ここで暮らすことにしよう。 腕扱きの大工13人が、20銭。 牛車がずらっと2、30台、持参金付きの娘が来て、30銭で村長になってくれと言われたところで、寄席の楽屋で目が覚めた。

柳亭市馬の「将棋の殿様」前半2023/12/08 06:58

 士農工商のてっぺん、お大名、初代は戦さを生き抜いた猛者だが、何代か経つと、ちやほや育てられ、お世継ぎをつくることだけの役割、ご無理ごもっともの、ぼんやりした人物で。 皆、集まったか、幼少の折、将棋を覚えた。 将棋を指そうと思うが、どうだ。 ご教授を。 見事な盤が用意される。 楽屋で指すのは、せこな板の盤で、香車がなくてボタンが代わりだったりする。

 一局、相手をいたせ。 余の駒も並べよ。 先手と後手と、どちらが有利か? 先手必勝と申します。 余が先手じゃ。 盤上の角、成るように、角道を開ける。 恐れ入ります、余りに見事な手で。 いちいち、頭を下げるな。 手前は、こういうことに。 その歩を取ってはならん、無礼者、逆賊! 私の番ですので。 その方の番であっても、こちらが不都合じゃ、何かほかの手にいたせ。 では、端の歩をつくことに。 では、余はこの歩を取る、戦さはなかなか思うようにはいかんものだ。 何じゃ、これは、飛車がわが陣中に成り込んで、駒を取っておる、目障りである。 どうか憐憫の沙汰を持って、お見逃しを。 泣いて懇願に及ぶか、では、わが飛車も手前の陣中に成り込ませてくれれば、許す。 途中に、金銀がございます。 金銀があっても差し支えない、芝居の宙乗りだ。 金銀は目障りじゃ、取り片付けよ、手討ちにいたせ。 その亡骸の駒を、こちらに寄こせ。 余の掌中で、息を吹き返しおったわ。 金銀は余の下で働く。 広々としてきたな、王手じゃ。 その方は、弱いな。

 この調子で、相手をした家来は、後から後から、負ける。 藤井八冠でも、お取替え、指し控え、取り片付け、お飛び越しでは、敵わない。

 いつまで続くのか、また盤が出ていたぞ、お呼び込みだ。 皆、弱くて面白くないので考えた、勝った者が鉄扇で、負けた者の頭山(つむり)を打つことにしたい。 勝てば、殿を打ってもよろしいので? 勿論じゃ。 お許しが出たぞ、末代までの武者の誉だ。 お取替え、指し控え、取り片付け、お飛び越しは、なさらないのでしょうな、身の為に伺っておきますが? まあ、不都合な場合は、それもあると心得よ。

 貴殿から、こちらへ参れ。 不都合な場合が、甚だしくある。 鉄扇で、ターーーッ! 有難き幸せ。 家来の頭は、みんな瘤(こぶ)だらけ。 そこもとは、瘤がないな。 昨夜はあいにく代わる者がなく、瘤と瘤の間が地続きになった。 道理で、頭が曲がっている。

 病気で休んでいた、ご意見番の田中三太夫が、やってくる。 皆の者、素面、素小手の稽古でもしたのか。 実は、殿に将棋で負けて、鉄扇で打たれまして。 そうか、今日はこの三太夫が敵討ちをしてやろう。

柳亭市馬の「将棋の殿様」後半2023/12/09 07:05

 おう、爺ではないか、体はもうよいのか。 全快とは参りませんが、今日は天気が良いので参りました。 殿には昔、将棋をお教え致しましたが、だいぶご上達のご様子、間に鉄扇が賭かっておるとか。 三太夫はよい、余の情けじゃ。 この薬缶頭はへこみません、ご遠慮なくお手合わせを。

 将棋盤を持て。 駒を並べろ。 将棋は畳の上の戦さ、並べ方もご存知ないのでは、大将は務まりません、ご自分でなさりませ。 余が先に参るぞ。 ヘタは先と申します。 角道を開けるぞ。 ヘタは角道を開ける、と申します。 その方は、速いな。

 これ、この桂馬は取ってはならん、指し控えよ、不都合じゃ。 そんな訳には参りません、これは戦さ、この駒はいただきます、命にかえても。 ご尊父なら、そんなことはなさらなかった。 取れ! 余は、こうじゃ。 (勝手に取った)その飛車は、お返しを。 (殿様は駒を)投げ返す。 飛車は大将も同じもの(と、三太夫は元に戻す)。 塀際まで攻め寄せられて、漫然としているのは、間抜け大将のなさること、兵あっての国でござる。 それでは、殿、王手。 そこに金があっては、余の行く所がないではないか。 詰みじゃ、負けじゃ、余の。

 お約束通り、鉄扇をばご拝借、武士に二言はないはず。 三太夫、築山の紅葉を見よ。 三太夫若きより、一刀流片手打が得意で。 指をポキポキ鳴らして、殿、ご免。 それでも頭ではなく、膝頭をピシッと打つ。 痛い! ポロポロッと涙、打ち直しには及ばん。 盤を片付けよ。 明日より、わが藩で将棋を指す者は、切腹を申しつける。

林家正蔵の「おすわどん」2023/12/10 08:19

 正蔵は、黒の羽織に、ブルーグレイ(熨斗目花色?)の着物。 寄席のお客様、男性一人という方が多い、友達がいないんでしょう。 ご夫婦でいらしてるのは、仲が良いか、終わっているのか。 浅草演芸場、レンタル着物のカップル、手をつないでいるなと思ったら、身八ツ口から手を入れてる、落語なんかやっていられない。

 下谷阿倍川町の呉服屋、上州屋の徳三郎と女房のお染は仲が良いことで評判だった。 だがお染が鼻風邪から患って、江戸中の名医に診せても、小首を傾げる。 ある日、亭主の徳三郎に「あの世からお迎えが参りました、後添えのことが心残り」と言って、亡くなった。 大店の主だ、一周忌に親戚一同が集まった。 徳さん、これまで気丈で偉かったな、でも言葉が残っている内は、仏が浮かばれない、成仏できない、奥の女中のすわを直したら、お染さんも可愛がっていたんだから、きっと喜ぶ。 皆様にお任せします。

 すわが後妻になると、なるほど表も裏もない働き者で評判がいい。 三か月ほど経ったある晩、徳三郎が小用に起きた廊下で、表の戸をバタバタと叩く音がして、「おすわどーん、おすわどーん」と。 誰だ、名前を呼んでいるのは。 明くる晩も、表の戸をバタバタと叩く音がして、「おすわどーん、おすわどーん」と。 これが毎晩続き、前のおかみさんではないかと、店の者たちも気味悪がる。 おすわも、それを気に病んで、どっと床についてしまう。

 徳三郎は、番頭、頼みがある、今晩、正体を確かめてもらいたい、と。 お暇を頂きます、と番頭。 だが上州屋の家作に浪人がいるのを思い付き、話をして頼むと、お引き受け致します。

 今晩、夕刻(正蔵、羽織を脱ぐ)、浪人は、「化け物、いつでも参れ」と待機する。 「おすわどーん、おすわどーん」。 待て待て! 命だけは、お助けを。 お前は、何だ? 蕎麦屋です。 「おそば、うどーん」「おそば、うどーん」と。 バタバタしたのは? 渋団扇で、七輪に火を熾した音で。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。 拙者は、上州屋の主に頼まれて、化け物退治に参ったのだ。 化け物の首を持ち帰りたいので、首を出せ、遠慮いたすな。 遠慮して、首の身代わりに、手前のせがれを、と懐から出す。 何だ? 蕎麦粉(子)でございます。 かような物を出して、どうする? 手打ち(手討ち)になさいませ。