「遊び心」で世のため人のため ― 2006/08/25 07:11
塩澤修平教授の『清富の思想』、遊びのすすめを、もう少しみていこう。 利 潤の追求を悪徳だとする考え方は、日本では江戸時代以前のさまざまな経済状 態から来ていて、その一部は現在まで続いている。 武士道で利を悪徳だとす るのは、第一次産業の作り出す社会の富が一定だというゼロサム社会だからだ。 士農工商で、他人のつくった富を動かして利を得る商人は、悪ということにな る。 だが福沢先生や初期慶應の先輩たちは、ゼロサム社会とは見ていなかっ た。 富を生み出すことを悪とは見ずに、新たな価値を生み出すことの重要性 を見抜いていた。 アジアの各国がつぎつぎに欧米列強の植民地にされていた 時代に、日本の独立をいかに保つか。 ゼロサム社会では切り抜けないと考え て、殖産興業の道を選択し、それを支えたのが慶應の大先輩たちである。
ゼロサムでない状況では、取引をしてお互いに得をする場合もあり得る。 そ こに新たな価値(富)が創造されるからだ。 利潤を上げても悪ではなく、みん なが得をする状況もあり得るのだ。 少子高齢化を迎えた日本経済活性化の鍵 になるのが「遊び心」である。 文化・芸術を含めた、広い意味での「遊び心」 に基づく消費活動は、作り出される付加価値の大きさに比べて、そのために使 われる天然資源の量はきわめて少ない。 日本が国際的に競争力を持つものと して、工業製品(自動車、電器など)は基本だが、伝統的な「遊び心」と最新の 技術が融合した分野としてのアニメ、発想の勝利であるゲームソフトなどが、 世界に誇るひとつの文化を創りあげている。
「遊び心」は、生き方においても旺盛な好奇心と柔軟な発想、そして余裕に 通じる。 慶應は伝統的に、浮世絵蒐集の高橋誠一郎、芸術写真の千種義人 (2005.11.21.の日記参照)、蝶の蒐集の福岡正夫といった方々、学問の世界だけ でなく趣味の世界でも超一流の、人間的に幅の広い大先達を輩出している。 「遊び」に強い人が沢山いる塾員の人脈、ネットワークを活かさない手はない。 その道のプロ・達人が多く、相互に補完的な関係を築くことができ、「遊び心」 を実践できるのだ。 そんな嬉しくなるような話を、塩澤修平教授はした。
歩くことと祈ること<等々力短信 第966号 2006.8.25.> ― 2006/08/25 07:14
『四国遍路』(岩波新書)から5年、辰濃和男さんが『歩き遍路』(海竜社)を出 した。 2003年秋に始まり、04年の春と秋、昨年の春と秋の5回にわけて「歩 き遍路」をし、さらに取材もした記録だ。 辰濃さんのお年でいえば、73歳か ら75歳ということになろうか。十二番焼山寺(しょうさんじ)への山道は、昇り 降りが繰り返される険しい道らしい。 その上、雨だった。 登り坂では心臓 が破裂しそうになり、片足を上げるのも難儀になる。 肩が痛み、背中が痛む。 「ジイサンヨ、アンタハナンノタメニソンナニ苦労ヲシテイルンダ」と問いか ける声が聞こえた、という。 それでも、なぜ、歩くのか。
辰濃さんの体感した「歩き遍路」の要諦は、「土を踏む」「風に祈る」、つまり 歩くことと祈ること、この二つの動詞のなかにすっぽりおさまっている、とい う。 歩いていれば、道端に咲く嫁菜、石蕗(つわぶき)、群生するあかまんま にとまっている小さな蛾に目が留まる。 自然界に満ち満ちている命を、五感 で感じることができる。 へんろ道は、人をどうしようもなく独りの状態に追 い込む。 この状態は、決して悪くない、という。 きちんと一本の野草と相 対することができ、一本の巨木、一片の雲、雲の果てから寄せてくる波に、そ して潮の干満が教えてくれる宇宙の営みに、相対することができる。 心身を 大自然にあずけて歩いていると、自分はちっぽけな存在ではあるけれども、ち っぽけなりに、大自然の一部になって、大自然にとけこんでいることに、気づ く。
こういう所を読んで、私は俳句の吟行で、ひとり自然の中にほっぽり出され た体験を思い出した。 俳句を詠むコツは、じっと見ること、季題にぶつかっ たら、十五分は何があっても動かないで、じっと季題を見続けろ、と教わった。 時間をかけると、現実から浮遊することが出来、自分の名前も、借金のことも、 忘れるから、と。
歩き遍路の途中で出会った人がたくさん出てくる。 「へんろ道の人びと」 の章も二つある。 みんないい人だ。 女性が目立つ。 「あらゆることをと り仕切っている」「しゃきっとした動きがひときわめだった」二十六番金剛頂寺 のご住職夫人、「洗濯もの、だしてください」と洗濯のお接待をしてくれる「み っちゃん民宿」の女主人、70歳から鎌大師堂の庵主となり二十四年間守った手 束妙絹さん、等々。 今回も、お接待を受けた話がいろいろあって、つい涙が 出る。 辰濃さんは、感謝の念が内から外にひろがり、自分を支え、生かして くれている大自然にまで及ぶ、という。
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