権太楼の「鰻の幇間」2006/09/07 07:37

トリは柳家権太楼の「鰻の幇間」。 権太楼もトリを取るようになったかと思 うが、満員御礼の一つには権太楼人気もあるのだろう。 この日31日、5時過 ぎにドカンという地震があった。 権太楼はそのグラグラの直後、都内某有名 寄席に出たのだが、ぜんぜん受けない、楽屋でいう「重い客」だった、という。  その寄席は、建物構造に不安のあるところで、震度3でも震度5以上に感ずる。  お客さんは、死ぬのかしら、私の人生ここで終わるのかという、アウシュビッ ツのガス室に送られる人の目をしている。 ぜんぜん受けない。 都内某有名 寄席では、二階に上がっちゃあ、いけません。 危ないじゃなくて、死にます。  われわれは、毎日見ている。 心配しながら、演っている。

鰻を食べる話になって、のだいこ(野幇間)が「不忍池の方」でもというが、 捕まえた客らしき男に近所の傾いた鰻屋に連れて行かれる。 「別に家を食べ ようってんじゃない、シロアリじゃないんだから」と納得する。 余談だが、 最近「不忍池の方」の店が昭和天皇御用達と知った。 都内の電話局番が4桁 になった頃、あそこが上野公園内に出店をつくり、その電話番号が、私の会社 の番号の頭の3を5に変えただけになった。 職人・給仕の休みや遅刻の連絡、 鰻の注文や予約などの間違い電話が、しょっちゅうかかってくるので、女将と 喧嘩したことがあった。 おそれおおくも御用達の女将だったんだ。

 「鰻の幇間」は、いいのを沢山聴いてきた。 それにくらべると、権太楼は まだまだの感がある。 権太楼なりの工夫はあるのだが…。 遊んでいる子供 に「良夫ちゃん」と名前を付けた。 どこにお金出す人が、台布巾で拭くか、 という卓に「良夫ちゃん」の足跡があった。 水の中に酒をたらしたような、 さらっとした酒は、灘でなく野田で、名を「真水(?)正宗」。 自分のお猪口に 「金子葬儀店」。 なかなか噛めない、三年たったって弾む硬い鰻も、野田で取 れた。 掛け軸は「初日の出 良夫」。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック