権太楼の「粗忽の釘」2008/10/26 07:08

 笑った、笑った。 こんなに笑ったのは、久しぶりだ。 権太楼の「粗忽の 釘」だ。 権太楼は黒紋付で出てきた、羽織の紐だけは橙色で派手だったが…。  せんだっての「プロフェッショナル」で小三治が言っていた。 98%は黒の紋 付だ、語る本人は姿を消して、落語の中の登場人物が出て来てくれるように、 そうしている、と。 そして「笑わせるのではない。つい笑ってしまうのが、 芸」だと。 権太楼は、それを地で行っていた。

 「粗忽の釘」は、ストーリーも、くすぐりも、みんながよく知っている。 し ょっぱなから、「かかぁ、出てけ」と怒鳴ったと疑われた男は、違うよといい、 四ッ足で町内をのろのろしているヤツの名を思い出せない。 猫か。 そうじ ゃない。 象!  そいつは、掃除したところに、馬糞をかける。 「アカ、 出てけ」と怒鳴ったのだった。 男は、独り身だった。 犬と分かった相手は、 ふんづかまえて、熊の胆を取る、という。 バカ、鹿と間違えるな。 テンポ のよいそのマクラから、つい、笑ってしまうのだ。

 引っ越しである。 何を出してくれ、と風呂敷という言葉が出てこない。 そ の風呂敷を、夫婦で「ピッ」と広げるところが可笑しい。 箪笥に、火鉢、裁 縫箱、ひょうたんを包んで、ヤッ、ひのふのみ、で持ち上げようとする。  箪笥だけをしょって歩いていて、犬の喧嘩を見ていると、二匹の犬がむかっ てくる。 ひっくりかえっちゃって、亀の子みたいに手足をバタバタ。 助け 起されたとたんに、前のめりになり、ふらふらするところに、前から蕎麦屋の 出前持ちが自転車で来て、避けようとして前の玉子屋に飛び込んで、玉子とじ みたいになる。 黒山の人だかり、交番に行って話をつけようということにな る。 引っ越し先がわからないからここでもいいというと、交番に越して来ら れても困ると、その交番のお巡りさんが、もとの長屋までついてきて、大家に 聞いて、新しい家まで送ってきてくれる。 お巡りさんに連れられて、引っ越 して来た人、というのは権太楼の工夫だろう。

 壁に釘を打つ時、お上さんが掃除したはずなのに、蜘蛛の巣が張っていて、 蜘蛛がいた。 その蜘蛛を狙って打った。 大工なのに、八寸の瓦っ釘を、根 元まで打ち込んだ謎にも、権太楼はそんな工夫で、リアリティーを持たせた。