ミルチャ・エリアーデと実在のマイトレイ2009/11/02 07:23

 『マイトレイ』の作者ミルチャ・エリアーデを、私は知らなかった。 住谷 春也さんの解説によると、20世紀を代表する国際的文人の一人、ヨーガやシャ ーマニズムに初めて学問的な光を当て、西欧キリスト教的文明のローカル性を 鮮明に示した知の巨人なのだそうだ。 1907(明治40)年、ルーマニアの首 都ブカレストの生れ、21歳の時、学位論文のためのヨーガ研究にインドに旅立 つ。 心と身体を重んずるインドの精神世界に深く傾倒した若い学究は、その シンボルのような女性に恋をする。

 池澤夏樹さんは『マイトレイ』を取り上げた『知る楽』を「恋のサスペンス」 と題した。 恋愛小説の基本は「邪魔」が入ること、それによって一種冒険小 説のようになる。 身分や社会による「邪魔」、たとえば川端康成の『伊豆の踊 子』。 エリアーデとマイトレイ(実名)は、異なる文化を越えて、精神と精神、 心と心が結びつく体験をする。 小説に書かれているように、ヒンドゥー教に 改宗してもよいとまで考える。 エリアーデはキリスト教から自由になり、非 西欧的世界に向き合った、この体験によって、すべての宗教を客観的に見られ るようになった、そのエリアーデを決めたのが、マイトレイとの恋愛だった、 と池澤さんは語った。

 反国王の民族主義レジオナール運動にかかわったことから、終生亡命の悲運 にみまわれたエリアーデは、パリの高等学院、のちにシカゴ大学で宗教学を講 じた。 マイトレイは1914(大正3)年9月1日生れ(幸田文の10年後)、父 ダスグプタは当時のコルカタ最高の有名知識人、エリアーデはその講義を聴い た。 恋に気づいてエリアーデを追放すると、娘をだまして、エリアーデは逃 げた不実な男なのだと説明した。 ついに諦めたマイトレイは、やがて幸せな 結婚をし、子供二人を育て、その詩や評論はベンガル社会で広く読まれた。 後 年、小説『マイトレイ』のことを知り、1973年シカゴに飛んで、エリアーデを 訪ねる。 恋から43年、エリアーデの態度は冷静、他人行儀だったらしい。  マイトレイは自分の立場から恋の顛末を本(ベンガル語、1976年英訳)に書い た。 その題名は、『愛は死なず』だった。

コメント

_ 憂い顔の騎士 ― 2016/04/18 00:52

マイトレイのIt does not dieを読み終えました。
こんな恋があるんだ!って、いたく感動しました。42年前のエリアーデとの出逢いから無理矢理引き離されるまでのBook one。42年も前のことをよくもまあこんなに克明に覚えていたものだ感心。Book twoではその後の結婚生活のこととか。Book threeではエリアーデが有名な学者になっていてマイトレイからエリアーデに連絡をとろうとした話とか。最後のBook fourではエリアーデからシカゴまでの飛行機のチケットが送られてきてシカゴ大学の研究室まで会いに行くという構成になっている。
 Book threeでのエリアーデに会いに行くべきかどうかの葛藤の表現や、Book fourでの研究室でのやりとりが素晴らしい。
かなり端折ってはいますが、訳すると、

マイトレイがドアを開けると、Ohhと叫び、いったん椅子に座ってすぐ立ち上がり、マイトレイに背を向ける。エリアーデはマイトレイに一目もしていない。
「ミルチャ、突っ立ったままなんで背を向けてるの?」
「あなたを見るつもりはないんだ。他の人を待っているもんでね。」
「誰を待ってるのよ?ミルチャ」
「所得税の職員をね。」
「所得税の職員?」
「そう、そう。」
「馬鹿じゃないの。私が誰だかわかる?」
返事がないので、マイトレイがもう一度
「私が誰だかわかる?」
「もちろんだよ。もちろん。」
「じゃ、私は誰なの?」
「君はアムリタ(マイトレイの名前)だろ。この国に一歩足を踏み入れた瞬間分かったよ。」

エリアーデが背を向けたまま会話が続き、

「ねえ、こっちを向いてよ。」

振り向いたが、俯いたまま。
「私は、矢で突き刺すことも、焼くこともできないあなたに、そのあなたに会いに来たのよ。」
するとエリアーデはサンスクリット語で、
「It does not die,when the body dies.」と言う意味の言葉をつぶやいた。
「で、それから?私は、始めも途中も終わりもないあなた、あなたっていう存在に会いに来たの。私を見て。私を信じて。そしたらこの40年っていう年月を超えて、はじめて出会って場所と時間にへ連れて行ってあげる。」
うつろに顔を上げたが、その目は私を見ていなかった。石の目になっていた。
彼の目に光を当ててやることはもはや不可能か。40年という歳月は長過ぎたのか。意を決してドアの方へ歩きかけた。そのとき、ミルチャの声が聞こえた。
「アムリタ、ちょっと待っておくれ。君は長い間勇敢だった。それなのに今なぜぶちこわしてしまうんだ?君に会いに行くって約束するよ。ガンジス川のほとりで君にきっとすっかり話すよ。」
 マイトレイは思う。
 私は悲観主義者ではない。私の壊れた心の中でちいさな希望の鳥が死の激痛にのたうちまわっていたが、ミルチャの言葉が届くや、その小さな鳥は生き返り、不死鳥になった。
そしてラスト。
ミシガン湖を渡っているとき、
「気を落とすなよ。アムリタ。君は彼の目に光を灯すよ。」
「何時」
「君は天ノ川で彼に会う時、その日はそんなに遠くない。今だ。」

下手な訳で感動が伝わらないのではないかと心配します。

小説ではエリアーデは決して始終他人行儀だったわけではありません。実際、研究室でにこやかに笑っている二人の記念写真をネットで見ました。

_ 轟亭 ― 2016/04/20 11:17

憂い顔の騎士様 『愛は死なず』の内容を、くわしく教えて頂き、ありがとうございました。

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