井手英策教授の格差是正論<等々力短信 第1073号 2015.7.25.>2015/07/25 05:20

 井手英策さんという慶應の経済学部教授が、7月3日のテレビ朝日「報道ス テーション」のコメンテーターに登場した。 1972年生れの43歳、財政社会 学、著書に『経済の時代の終焉』など。 ピケティの本もあり、格差が問題に なっているけれどとして、掲げた図が興味深かった。 「平等な再分配による 所得の変化」。 当初の所得はAさんが200万円、Bさんが2000万円、格差は 10倍だ。 20%課税で、税金はAが40万円、Bが400万円、税引き所得は 160万円と1600万円になる。 そこへ一律で200万円を給付する。 最終的 な所得は、Aさんが360万円、Bさんが1800万円となり、格差は5倍と、当 初の半分になる。 「人間が必要なサービスは所得を制限せず全員に提供する」 というのが井手さんの主張で、彼はこの考えを「必要主義」と呼ぶ。

 この図は5月28日付朝日新聞朝刊の論壇時評橫のコラム「あすを探る 財 政・経済」、井手さんの「「救済」から「必要の充足」へ」にあった。 格差是 正には低所得層への給付か富裕層への課税しかない。 だが08年のOECDの 調査で日本は、給付による格差改善力は21カ国中19位、税の格差改善力に至 っては最下位だ。 井手さんは、多くの日本人は「格差是正=弱者救済」と考 えがちだが、格差は中間層を豊かにすることでも是正できる、とする。 図の ように、教育や医療、福祉といった人間の「必要」なサービスを中間層も含め たすべての階層に等しく満たしても格差は縮小する。

 井手英策さんは、NHKのニュース解説「視点・論点」の「財政赤字はなぜ ふくらんだのか」(2014年3月26日)で、こう述べていた。 財政赤字の原 因を解き明かすには、まず、二つの誤解を解かねばならない。 日本は大きな 政府だという誤解と、税金が重いという誤解。 財政赤字の原因は、大き過ぎ る支出にではなく、少な過ぎる税収にある。 日本人は、税負担が突出して高 い北欧諸国の人々よりも「痛税感」が大きい。 高度成長期以後、日本は、所 得税の減税と公共事業によって利益を分配してきた。 90年代からは、養老・ 介護、育児・保育といった新しい財政需要が生まれた。 バブル崩壊後、日本 経済は地盤沈下し、政府は減税を繰り返し、莫大な赤字を生み出した。 大量 の国債を日銀が買い取ったので、20年近く国債の価格は安定し続け、政治家は 増税の必要性を国民に訴える術を失った。 国民も、財政再建の必要性、危機 感を共有できない。 増税への共感が高まらない限り、租税抵抗は緩和しない。  いくつかの国際調査で、政府や人々に対する日本人の信頼感は、先進国の底辺 レベルにある。 租税抵抗がもたらしているのは、信頼と連帯の崩壊、すなわ ち社会の危機だ。 大切なのは、人間が共感し合える社会のために、「必要」を 探す財政をつくることだ。

小三治の「青菜」前半2015/07/25 05:22

 クーラーが嫌いですね、と小三治は始めた。 クーラーがなくても生きてい るって人がいるけれど、都心では考えられませんね。 なしでは、生きていけ ません。 お上も、クーラーを勧めている、止めてがんばらないように、と。  クーラーてものは、………、その話、やめましょう。 ともかく、みんなが心 持よく生きていける、世の中になってもらいたい、と思う今日この頃、皆様い かがお過ごしでしょうか。

 植木屋さん、ご精が出ますね。 休んでいるんじゃない、お庭を拝見しなが ら、泉水べりの燈籠は少し前に持って来たほうがいいかとか、あの松はどうし たらいいか…、ああ、このあたりからやってみようか、と考えているところで。  時に植木屋さん、ご酒はお好きかな。 好きかなんて、浴びるほうで。 あな たが庭で仕事をしているのを拝見しながら、縁端(えんはな)でちびちびやっ ていたところでね。 好きというわけではない、あなたの仕事を見ながら一杯 やったら、気持がいいんじゃないかと思ってね、一口、二口やっていた。 ご 苦労様、トックリあらかた残っているんで、助(す)けて下さらんか。 こり ゃあ有難てえんですが、あっしは仕事中ですから…、仕事中に飲むなんざあ職 人の風上にも置けないって立派にお断りします、といいたいんですが、腹の中 で虫のようなもんがゴニョゴニョと…、せっかくです、ゴチになります。

 ガラスのコップでやって下さい。 遠慮なく、やっぱり仕事中は気が引けま すんでね…、いただきます。 これは直し、上方の友人からの貰いもので、向 うでは柳蔭というらしいが。 上等なもんで。 こういう景色で、こういう温 気(うんき)の日、身体がさっぱりしていい、冷えてるから。 あなたは仕事 していたから、身体に熱がある。 うまいすねえ、うまいす。 鯉の洗いがあ る。 チラッと見て、何かあるなと、思ってたんです。 鯉の洗い、この歳に なって、話には聞きますが食べたことはない、この味噌みたいなもの付けて食 うんですか。 うまいですね、やっぱり、さっぱりしますね。 この歳になっ て初めてというのが、面目ない。 白いんですね、黒いのかと思っていた。 あ の黒いのを、ここまで洗うとは、石鹸をずいぶん…。 うまいね、よく冷えて ますね。 下に、氷がつめてある。 こういうところが、お屋敷でござんすね。  こういうところまで、行き届いているんで。 氷をひと欠け、ふた欠け、いた だいても、よろしゅうござんすか。 ガキみたいで、すみません。 (大きい のを口の中に入れて)ジュル、ジュル、ジュル……、(頭の後ろや、顔をさかん に叩く)。 旦那、この氷は、よく冷えてますね。

 時に植木屋さん、菜はお好きですか。 菜のおしたし、でえ好きで、いえ、 だい好き。 言い直さなくてもいい。 これよ、これよ、奥や! 旦那様、お 呼びでございますか。 植木屋さんは菜がお好きだというから、鰹節をかけて 持ってきておくれ。 旦那様、鞍馬から牛若丸が出でまして、菜は九郎判官。  義経にしておきな。 すまないね植木屋さん、菜がみんなになったそうで。 ど なたか、お客さまがお出でじゃないんですか。 鞍馬さんとか、牛若さんとか。  ウチの出入りの者だから言うけれど、私と奥との咄嗟の隠し言葉のようなもの でな。 菜は食べてしまって、もうないという。 隠し言葉、一つの洒落です ね、そういうところが違いますね、お屋敷ですねえー、すごいなあ、いいなあ ー。 それと、咄嗟のこととは思いませんでしたね。 ゆんべの内から仕込ん でいたんじゃない。 すごい。 恐れ入りました。 ウチのかかあなんかね、 外に出さないでもいいような恥を、表で言いふらす。 違い過ぎるよ。 そう いうの、一生に一度でいいから、やってみたい。 お酒の手、止まっちゃった。  おいしいですね、柳蔭。 (すっかり、注ぐ)柳蔭が義経になりました。 そ れきりだ、当り前の酒を出そうか。 いいえ、あっしと旦那の咄嗟の隠し言葉 で、いい心持になりましたよ。 ありがとうございました。 酔っ払ったんで、 今日はこれで、失礼します。

 鞍馬から牛若丸が出でまして……、一朝一夕で言えることじゃ、ありません よ。 植木屋は歩きながら、ぶつぶつ…。