光石、入船亭扇橋さんの俳句2015/07/31 06:32

 桂米朝さんが亡くなって、3月25日の「八十八、米朝さんの俳句」にも書い たが、桂米朝、小沢昭一、江國滋、永六輔、神吉拓郎、加藤武、矢野誠一、大 西信行、永井啓夫、三田純一、柳家小三治の各氏がメンバーの「東京やなぎ句 会」は、俳号が光石の入船亭扇橋さんが宗匠だった。

 入船亭扇橋著『扇橋歳時記』(新しい芸能研究室・平成2(1990)年)という 本がある。 副題は、<しあわせは玉葱の芽のうすみどり>。 「俳句の怖さ」 という一文に、こうある。 「たった十七文字、五・七・五の中で、喜び、悲 しみ、笑い、叫び、怒り、憎しみ、たわむれ――すべてをすっぽりと包み込ん でしまう俳句は、本当に偉大な風呂敷である。/物差しの袋を縫うとき、最後 に内側へくるくるとたぐりこんで出来上りというように、やがていつの日か、 五・七・五の俳句の袋の中へ、地球上のもろもろがくるくるとすべり込んで、 地球の巨大な寿命の完結がみごとに行なわれるのではないかと思っている。/ しかし、その地球が入る大きな袋を、一体どこの誰が縫うのか。あるいは世界 中の女性が、ひまをみては戦争中のあの千人針のように、夜更けから、人にか くれて、こっそり縫っているのかも知れない。」(1982.12.)

 「俳句はウィルス?」という一文。 「俳句をやっているおかげか、ものを じっくり味わう癖もついている。たった十七文字しか使えないから、一字たり とも大切にして考えなくてはならない。それにはどこにいても物をじっとよく 見て味わうことで、その場ですっとできたときはいいが、あまりそれが美し過 ぎたり感動したりすると、どうにもならなくて放心したようにぼうっとしてし まい、しばらく冷却期間を置いて、やっと何とかなることが多い。/きれいな 花の咲いている他所の家の庭をいつまでも覗いていて、警官に咎められたこと もある。路地を歩いて日ざしの中に、青々とはこべが群れていると、かわいい なあとぼんやり跼んでみたり、赤い沈丁花の蕾がふくらんでいると、なんとも 愛しくていつまでも傍に佇んでいたり――。俳句は自然草木に恋をするウィル スなのかも知れない。/寄席の木戸あいて春めく日なりけり」(1987.2.)

 東京やなぎ句会編『友あり駄句あり三十年』(日本経済新聞社・1999年)所 収の自選三十句から、十五句を選んでみた。

ふるさとは風の中なる寒椿

母の日の袋物屋をのぞきけり

よもの色ととのひそめし春の水

かはほりにふるさとくらき灯をともす

何事もなく蓑虫を見てをりぬ

旅を来て時雨るる町のポストかな

咳はげし子をくるみ抱く夜明け前

唇のうすき女や四月馬鹿

玄関に見馴れぬ日傘置いてあり

南瓜割るいくさをはりし日の色に

よそほひてなほ膝薄き秋扇

暗やみをふわりと脱ぎし雪女

赤のまま濡れて見知らぬ猫に逢ふ

洗ひ葱輪ゴムでとめて売られけり

  故・高峰三枝子さん

うるはしく逝きし昭和の夏帽子

小人閑居日記 2015年7月 INDEX2015/07/31 06:56

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