正朝の「目黒の秋刀魚」2006/09/06 07:38

 春風亭正朝の出囃子には、歌が入る。 落語協会のホームページを見たら、 「長崎ぶらぶら節」だそうだ。 殿様の噺だからか、袴を穿いて出てきた。 顔 色も元気もいいのは、サッカーをやっているからだろう。 経歴に明治学院大 学入学とあるから、目黒にも多少縁がある。

士農工商、「士」は道の真中を大手を振って歩いたと、「人生楽ありゃ…」と 『水戸黄門』のテーマを歌った。 殿様が「お月さま」と言って、とがめられ、 「して、星めらは」という小噺。 どこでやっても受けません。 今のがベス ト、このくらいが好き、高座と客席の緊張関係がいい。 大爆笑はイヤ、うる さくて……ウソ、と言う。 それで、つづく「煙管の雁首」を「カリ首」とい う小噺で、受けると、ここは手を叩くような所じゃあない、と照れる。

 「目黒の秋刀魚」、目黒は今でこそ高級住宅街だけれど、昔は田舎、風光明媚 な土地で、お屋敷から程よい距離というので、野駆け、遠乗りに最適だった。  これを二度繰り返して、ここは大事な所だから、刷り込みをする、あとで試験 に出る、と。 突然思いついて馬で目黒まで行ったあと、徒歩で従って来た家 来の欣也、福田、中曽根、宮沢らと、小さき丘の一本杉まで駆け比べ、余は空 腹じゃ、となったが、弁当を持って来ていない。 どこかに吉野家はないか。  いっぱい飛んでいるトンボを食そう、たれやの戯れ歌に「赤トンボ羽根を取っ たらトンガラシ」。 そこへ、農家の庭先から、旨そうな匂い。 熾した炭の中 にズボッズボッと秋刀魚を差し込んで焼いている。 これが、一番うまい。 縁 の欠けたヒビだらけの皿で出てきた、脂の乗りきったプシュプシュ、ピカッピ カッの秋刀魚を十匹、殿様は一人で、全部食べた。 あとは、ご存知の展開。   正朝は楽しそうに演じて、最高の出来、秋刀魚も旬なら、正朝も旬を思わせ た。

権太楼の「鰻の幇間」2006/09/07 07:37

トリは柳家権太楼の「鰻の幇間」。 権太楼もトリを取るようになったかと思 うが、満員御礼の一つには権太楼人気もあるのだろう。 この日31日、5時過 ぎにドカンという地震があった。 権太楼はそのグラグラの直後、都内某有名 寄席に出たのだが、ぜんぜん受けない、楽屋でいう「重い客」だった、という。  その寄席は、建物構造に不安のあるところで、震度3でも震度5以上に感ずる。  お客さんは、死ぬのかしら、私の人生ここで終わるのかという、アウシュビッ ツのガス室に送られる人の目をしている。 ぜんぜん受けない。 都内某有名 寄席では、二階に上がっちゃあ、いけません。 危ないじゃなくて、死にます。  われわれは、毎日見ている。 心配しながら、演っている。

鰻を食べる話になって、のだいこ(野幇間)が「不忍池の方」でもというが、 捕まえた客らしき男に近所の傾いた鰻屋に連れて行かれる。 「別に家を食べ ようってんじゃない、シロアリじゃないんだから」と納得する。 余談だが、 最近「不忍池の方」の店が昭和天皇御用達と知った。 都内の電話局番が4桁 になった頃、あそこが上野公園内に出店をつくり、その電話番号が、私の会社 の番号の頭の3を5に変えただけになった。 職人・給仕の休みや遅刻の連絡、 鰻の注文や予約などの間違い電話が、しょっちゅうかかってくるので、女将と 喧嘩したことがあった。 おそれおおくも御用達の女将だったんだ。

 「鰻の幇間」は、いいのを沢山聴いてきた。 それにくらべると、権太楼は まだまだの感がある。 権太楼なりの工夫はあるのだが…。 遊んでいる子供 に「良夫ちゃん」と名前を付けた。 どこにお金出す人が、台布巾で拭くか、 という卓に「良夫ちゃん」の足跡があった。 水の中に酒をたらしたような、 さらっとした酒は、灘でなく野田で、名を「真水(?)正宗」。 自分のお猪口に 「金子葬儀店」。 なかなか噛めない、三年たったって弾む硬い鰻も、野田で取 れた。 掛け軸は「初日の出 良夫」。

「失敗学」失敗は社会共通の財産2006/09/08 07:47

NHK教育『知るを楽しむ』“この人、この世界。”の8~9月は、畑村洋太郎 工学院大学教授の「だから失敗は起こる」。 これがめっぽう面白い。 最近の 事故の事例を研究し、その本当の原因をつきとめ、正して行く。 畑村さんは、 失敗に学ぶことが大事で、物事をつきつめて考え、よく調べて、きちんと知識 にするところまでやると、本当の科学的知識が出来るといい、「失敗学」を提唱 する。

最初に取り上げたのが、2004年3月26日の六本木ヒルズの回転ドア事故。  事故直後、畑村さんたちは「ドア・プロジェクト」を立ち上げ、各種のドアの 安全性の研究を始めた。 あの回転ドアは、重量が2.7トンもあった。 セン サーが作動してから、30センチも、慣性の力で進んでしまう。 ドアの衝撃力 は、子供の頭が破壊される危険があるとされるものの、8倍もあった。 ヨー ロッパで発達した回転ドアはアルミ製で、軽いから、すぐ止まるようにつくら れていた(「本質安全」)。 それが日本で改良され、見栄えからステンレス板 を張り、風に耐えるように骨組みを鉄にし、その重さを動かすために複数のモ ーターを搭載した。 万一の場合は、何種類かのセンサーを使って止めるよう に設計した(「制御安全」)。 だが想定もれということもある。 「本質安全」 を忘れて、潜在危険になっていたものを、「制御安全」で補おうとしていたのだ。

 「ドア・プロジェクト」の研究によって、あそこはスライド・ドアに改修さ れた。 回転ドアについては、アルミで軽量化したり、衝撃が加わるとドアの 一部が折れ曲がる「本質安全」を考えるようになっている。 安全で、安心で、 使いやすいものにしなければならない。

 畑村さんは、起きてしまった失敗は社会共通の財産だから、失敗を生かせ、 と言う。 失敗を取り入れながら、新しい創造をやっていくのが大事だ。 ま ず原因を究明して、必要なら責任を追及する。 そういう順番と価値の置き方 を変えた社会にする必要がある、と言う。

「予測できない失敗」2006/09/09 07:08

 畑村洋太郎工学院大学教授の「だから失敗は起こる」、第二回は「予測できな い失敗」だった。 失敗の原因には、10のカテゴリーがある。 無知、不注意、 手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足、制約条件の変化、企画不良、価値 観不良、組織運営不良、そして「予測できない失敗」。

 2005年12月25日19時10分頃、山形県庄内町で上りの羽越線特急が転覆、 5人が死亡する事故があった。 畑村さんは、現地・現物・現人の3現が大事 だといい、酒田・余目間の最上川鉄橋を渡ったところにある現場に入る。 当 時近くの風速計は20m/秒を記録し、海側から線路(高さ4m、幅20mのテラス) に舞い上がる風で電車が転覆したといわれた。 電車が倒れるのに、計算上は 30m/秒の風が必要だ。 下り線が海側なので、上り線には真横から風(流線)が 当っていたはずで、当初いわれた原因はおかしい。 線路際の作業小屋がバラ バラになっていた。 現場から一番近い部落の人は、当日は気温が高く雨で、 夕方から雷、瞬間的にものすごい音がした、という。 付近を調べると、ビニ ールハウスのビニール、アンテナや屋根瓦が飛ばされ、納屋の扉も倒れていた。  10km離れたビニールハウスの骨が曲がっていた。 それらは一直線上にあり、 結論として日本海で発生した竜巻(5m~10m大)が通り(韋駄天が走り)、たまた ま電車と同じ場所を通過して事故になった、と推定された。 畑村さんはこれ は「予測できなかった」珍しい事故だという。

 JR東日本は事故対策として、現場に防風柵を設置し、風速計を増やし、25 m/秒の風で電車を停めるようにした。 畑村さんは、そうした点や線の上の情 報で鉄道安全を考えるのではなく、面の情報を考えなければならない、と指摘 する。 福島県のある半導体の工場、落雷で停電すると10~15億円の損害が 出る。 それで雷の落ちる場所を予測する雷予報システムを採用している。 鉄 道は、風、雷、雨の面情報を求めるべきだというのだ。

 人間には知らないことが沢山ある。 だからそこに遭遇すると必ず失敗する。  「予測できない失敗」こそ、学ぶべきことが多い。 失敗をした時に、真剣に 原因を究明して考え、なぜそういうことが起きたのか知った時、初めて人間は 新しい知識を獲得し、知識の大きさを広げていく。 失敗をプラスに生かすの か、マイナスのまま放っておくのか、それは遭遇した人が決めることだ、と畑 村さんは言う。

身近な「予測できるはずの失敗」2006/09/10 07:07

 畑村洋太郎教授の「だから失敗は起こる」、第三回は「予測できるはずの失敗」。  たばこの火の不始末による火事は年に6千件、幼い子供が電気ポットで火傷す る事故も跡を絶たない。 2005年11月ソウルの地下鉄で、ベビーカーが電車 のドアに挟まれ、母親が30mも引きずられる事故が起きた。 同様の事故は、 3年前に東京駅でも起こっていて、これは予想、予告できる失敗だった。 失 敗の主な原因に、無知、誤判断、決まりを守らない不注意がある。 「ドア・ プロジェクト」で実験したところ、ベビーカーの車輪が電車のドアに挟まれて も、その幅が狭いと、発車を止めるランプが点かないケースがあることがわか った。 ベビーカーに子供を乗せて、慌ててはいけない、電車に駆け込まない ことが大事だが、人間は誰でも間違えるということを前提に、安全なシステム をつくるべきだ。

 2006年6月7日、新潟県五泉市で学校の防火シャッターに男の子が首を挟 まれる事故が起こった。 点検中の防火シャッターが下りてきたのを、すり抜 けようとして、ランドセルが引っかかったのだった。 シャッターは下り始め ると、重くて止まらない。 子供には、下がってくるシャッターを見ると、す り抜けたくなる性質があって、同種の事故は2004年に埼玉県でもあった。 子 供たちには、やれば死ぬと伝えたかった。 さわると非常停止する新しいシャ ッターがつくられるようになり、2005年12月以降は安全装置が義務付けされ た。

 7月31日埼玉県ふじみ野市のプールで女児が死亡する吸水口の事故が発生 し、全国のプールで2,300ヶ所の不備が発見された。 プール吸水口の事故は 沢山あり、予測できた事故である。 当り前のことをやらずに毎年、プールの 吸い込まれ事故が起きている。 そういう場所で遊びたがるのは、子供の性質 である。 学校の中にある危険は、上の防火シャッター、プール吸水口のほか、 水平に動く校門、サッカーゴールなどがある。 潜在的危険は身の回りにいっ ぱいある。 一番危険なのは、溺れる事故。 乳幼児は頭が重く、戻せないの で、風呂はもちろん、洋式トイレ、バケツの水などでも、事故が起こる。