福沢も漱石も、個人の自主性を強く求めた2007/07/19 07:43

 結論としてグエン・ティ・ハイン・トウックさんは、福沢と漱石の個人観を 比較する。 福沢がいう個人はつねに「政府と人民」という枠内でとらえられ たため、「人民」すなわち社会的な個の面が強調されたのに対し、漱石の個人は 「自己と自己以外の周囲、社会、他人」という構想のもとで求められたゆえ、 内面的な個の側面に重点がおかれた。 福沢における個人の独立は、独立国家 または文明国家の構築を促すものになると考えられたため、富強国家の形成の 前提にされている。 一方で漱石は、社会と関わりながらも、個人そのものが 先行すべきであると考えたため、個人の独立は人の自己実現の基盤とならなけ ればならない、という特色を持っていると、考えられる、という。

 グエンさんは、福沢と漱石の時代背景の違いに言及する。 文明開化の始ま りに福沢の啓蒙した個の自主独立は、一般の人びとを新しい主体的個人とした。  漱石は、数十年の文明開化を経て、文明社会の発展から生じた影響を受けた個 人が、無意識に開化の潮流に流されるより、潮流そのものを自覚して、みずか らの精神的欲求を意識し、それに応えることで、よい発展に導かれ、独自で創 造的に自己実現することにつながると考えた。 グエンさんは包括して、異質 な文化の摂取過程で、文明開化を推進する福沢も、文明開化の及ぼした影響を 批判する漱石も、ともに個人の自主性を強く求めたということが出来るとした。  そして、この対比の研究で、日本人が「個人」という概念を受け入れた筋道が はっきりしてくると考えた、という。