志の吉改メ立川晴の輔の「水屋の富」<小人閑居日記 2014.10.6.>2014/10/06 06:29

 二人目も黒紋付、真打になって志の吉改メ立川晴の輔(はれのすけ)、なかな か名前が侵透しない、見た目は志の吉で、晴の輔を名乗ると、相手の顔が曇る。

 日本は水に恵まれている。 外国人は、水道の水が飲めるのに驚く、そのき れいな水でウンチを流すのにも。 それなのにコンビニで名前のついた水を買 う。 江戸時代、庄右衛門、清右衛門兄弟が玉川上水をつくった。 土建屋、 人材派遣業、農家だったという噂。 羽村から、四谷大木戸まで、六千両で着 工して、二度失敗してコースを変え、高井戸で六千両が尽きた。 二人は自分 の家を売って工事費に充て完成、ご褒美にもらったのが玉川の姓だった。 そ のスコップを三味線に持ち替えたのが、玉川カルテット。

 玉川上水、神田上水の水を舟で運び、天秤棒で売って歩いたのが水屋。 毎 日、決まった地域を、決まった時間に回るから、休めない。 重くて、辛い稼 業だ。 水屋の清さん、やめたいけれど、病気の婆さんが飲むからという隣町 の親父、糊屋の婆さん、豆腐屋の旦那、みんなが待っている。

 高く売る手はないか、水に名前を付けたらどうか、「おいしい水」、「天然の水」、 「清兵衛さんの水」、「清兵衛さんの汗水」。 富の札でも買うしかないと、湯島 天神の境内へ。 辰の五三二一番、腰が砕けて座り込む。 タッタタッタと座 ってる、立てないというから、おぶって社務所へ。 下さーーい! 手続きが あるので、今すぐなら八百両、来春なら千両。 八百両、下さい。 風呂敷は ないと、モモシキを引っ張り出して入れる、股座(またぐら)の辺が、金の収 まりがいい。

家に帰って、神棚、水瓶と、隠し場所に悩む。 畳を上げて、根太をはがし、 縁の下に下げ、その晩はぐっすりと寝た。 カラスカアと鳴いて、竹竿でコツ ンコツンと八百両を確認して、商いに出る。 強面(こわもて)の者が向こう から来る、家へ行くんじゃないか。 目付きの悪い猫だ。 清さん、少し遅い じゃないかと、ほうぼうで言われる。

家に帰って、コツンコツンとやって、寝る。 夜中時分に、おい、起きろ、 見ての通りの泥棒だ、金出せ。 金なんて、ない。 八百両はどうした、使っ たのか、縁の下か。 短刀で、ブスーーッとやられたら、夢だった。

しまった、寝過ごした、昼だよ。 急いで商いに出ると、小唄の師匠。 ち ょいと話があると言う。 お稽古場を畳もうかと思うんだけど、私もこんな年、 そろそろ一緒になろうと思ってね。 わからないか、清さん、お前さんとだよ、 好きだったんだよ。 私みたいな、貧乏人でいいんですか。 八百両があるじ ゃないか。 なんだ、夢かよ。 昼だよ、いやな夢見たな。

水売りに出れば、いつもの時間に遅れて、客に怒られる。 明日から気を付 けますんで。 男が二人やって来る、目付きが悪いな。 犬が喧嘩してる、八 百両のことでもめているんだ。 早く水屋を辞めよう。 代りを探せばいいん だ。

湯に行って、寝るとしようか。 はい、大家さんですか。 ちょいと話があ る、水が遅れるというじゃないか。 身体の具合が悪くて。 隣町の婆さん、 今しがた亡くなったよ。 息を引き取るまで、水が欲しい、水が欲しい、と。  隣町の若い衆が集まって、井戸を掘ろうと決めた、清さんの八百両で。 また、 夢だった。 眠れない。 くたくたになった。

向いの家の博奕打が、毎日、清さんの出かける様子を見ていた。 竹竿でコ ツン、コツン。 モモシキに包んだ八百両の金を見つけ、それを持ってずらか った。

清さんが、もう駄目だ、水屋辞めようと帰って来て、竹竿で縁の下を、スー ッ、スーッ、あっ、ない。 八百両がない。 これでやっと、ぐっすり眠れる。