権太楼「猫の災難」の本篇2015/10/04 06:52

 お酒は飲みたい時が身上、飲みてえな、あいにく一文無しだ、仕事休まなき ゃあよかった。 熊さん、戻ってたのかい、ウチの猫が病気になってね、見舞 いにもらった鯛、身だけ食べさせて、頭と尻尾を捨てようと思って。 いただ きますよ、おかみさん、猫がお見舞いでもらったんですか。 大きいテエだ、 擂鉢をかぶせたら、頭とシッポが飛び出ちゃった。

 兄貴じゃないか。 ここで二人でみっちり飲もうと思って来た。 やかんの タコだ、手も足も出ねえ。 肴がない。 よせよ、デェドコロにでけえテエが あるじゃないか、あれを三枚に下ろして、片身を塩焼に、あとは刺身にすれば いい。 俺が酒買うから、五合あればいいだろう。 前の酒屋で、お前の名前 を出す。 名前を出せば、勘定だけ取って、酒はくんない。 隣町の酒屋もダ メだ、橋を渡って、三丁ばかり行った所の酒屋は、いい酒だがハカリが悪い、 五合買うと五合しかこねえ、一合買うのに一升瓶を持ってく、少し余計に入らないかと思って…。 鯛をつくっといてくれ、ウロコを引くのは難しいぞ。 ち ゃんとやっとくから。

 どうしよう、実は隣の猫が……ってことにするか、悪いよね、猫にもらった のに。 追っかけたんだが、四本足に二本足だ、逃げられた、と。  酒、買ってきたぞ、ちょっとやったら、いい酒だった。 お前に、すまねえ ことしちゃった。 台所でガタガタっていったんだよ。 隣の猫が、三枚に下 ろしたテエをくわえて行った。 隣に文句を言え。 独り者だろ、隣のおかみ さんにはいろいろ世話になっているんで、言えねえよ。 あと片身があるだろ う。 猫が片身は手で肩に背負って、片身は小脇にはさんでよ。 肴なしで、 二人で飲もう。 いいよ、俺買って来るよ。 すまないね。 すまないよ。

 あいつ、向こうでやったって言ってたから、飲んで待っててやろうかな。 一 杯だけね。 アーーッ、いい色だ。 ウッ、ウッ、ア、ア、いい酒だ、こんな いい酒、あの店で売ってたのか。 アッ、ウーー、飲みてえ、飲みてえって、 思っていたから、ノドが開くね。 口当たりがいいから、どんどん入るね。 ア ア、今日は休んでよかった。 アーーッ、落ち着いた。 アッ、アーーッ、も う半分だけ、頂戴します。 アッ、いっぱい入っちゃった。 口の方から、お 迎えだ。 朝酒は、カカアを質に置いてでも、ってね。 あいつは、肴がない と飲めないってんだ。 あ、わかった、あいつの分を、取っといてやれば、い いんだ。 燗徳利の、口から口へ、口移し。 ゆっくり、トットット、入れと いてやろう。 アッ、あふれる! こんないい酒、畳に飲ませることはない。  (口をつけて吸ったり、手につけて、顔や頭に塗ったりする)。 徳利の口がい っぱいになっちゃって、これじゃあ燗もつけられねえ、戻そうか、どうしよう。  吸っちゃおう。 ズ、ズ、ズ、ズ、ズッ。 みんな飲んじゃった。 何で、こ んなに少ねえんだ。 どうする、一合に、四合の水割っちゃったら、わかるよ ね。 実は、隣の猫が。 猫は、酒飲まないか。 こんだけ余ってても、しょ うがねえ、度胸を決めよう。(と、全部飲む)

 ♪夜桜や浮かれ鴉がまいまいと…。(?) 浮かれちゃあ、いられないんだ、 猫を追うような恰好、鉢巻して、片肌脱いで、出刃右手に持って、止めねえで くれ、あの猫、たたっ殺さないと、気がすまねえ、と。

 四軒も渡り歩いて、やっと同じようなテエを買ってきた。 寝てるよ、熊。  熊! 熊! 熊! もう一幕あったんだ、猫が来て、先ほどはご馳走様、まだ 眼肉が残っているはずだって。 鉢巻して、出刃持って、追っかけた。 あー ーあ(と、アクビ)。 猫が徳利をひっくり返した。 全部は出なかった、あり がてえことにね。 酔ってるな、お前、みんな飲んじゃったのか。 飲んだん じゃない、吸ったんだ。 吸ったほうが、酔うね。

 何だい、熊さん、猫が、猫がって、冗談じゃないよ、ウチの猫のお余り、あ げたんじゃないか。 何、猫のお余りを、もらったのか。  次は、俺に何させようってんだ。 隣に行って、猫に詫びてくれ。

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