文京区へ「小さな旅」<等々力短信 第1152号 2022(令和4).2.25.>2022/02/18 07:11

 オミクロン株が出て来る前だった。 長く家籠りが続いていた。 11月末から12月にかけて私には、後で12月の短信「コロナすき間日誌」に書いたような予定が重なっていた。 いささか不満な家内が、前から行ってみたいと言っていた所へ、11月10日、行ってみることにした。 まず、小石川の植物園。 東京に生れ育って80年にもなるのに、初めて行った。 正式名称は、「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」と、長い。 奥沢から都営三田線で白山まで行き、登り降りのけっこうきつい坂道を10分ほど歩く。 正門から坂を上り、ニュートンの林檎、メンデルの葡萄を見て、2019年に新しくなった温室へ。 旧養生所の井戸跡の所から、森の中のハイキングコースのような道を下って、日本庭園に出る。 こんな大きな緑が都心にあった。 紅葉が見られるかと思ったのだが、目立たずチラホラ程度だった。 梅や桜の時期はよさそうだ。

 タクシーで六義園に近い、東洋文庫のオリエントカフェへ。 前に福澤諭吉協会で来たことがあって、予想通り家内に好評だった。 前庭、シーボルトがヨーロッパに持ち帰った草木の、シーボルト・ガーデンだとは、知らなかった。 小岩井農場で生産した食材のランチ、サラダのレタスがしゃきしゃき、家内は「マリーアントワネット」限定重箱ローストビーフ、私は「エカチェリーナ」ビーフシチュー、美味しかった。

 東洋文庫は、三菱財閥三代目当主の岩崎久彌が、1917(大正6)年にG.E.モリソンから購入した蔵書を中心にモリソン文庫を設立、1924(大正13)年東洋文庫と改称、和漢洋の東洋学文献、和書の貴重書を蒐集した図書館・研究機関だ。 三菱を創業した久彌の父、岩崎彌太郎は、最近の大河ドラマ『龍馬伝』では貧しい生い立ち、『青天を衝け』では渋沢栄一の敵役で儲け主義と、三菱関係者には不満があろう。

 その岩崎久彌をモデルにして、江上剛さんが『創世(はじまり)の日 巨大財閥解体と総帥の決断』という本を書いたそうだ。 朝日新聞出版の『一冊の本』2月号の巻頭に、江上さんの「なぜ私だけが苦しむのか」という随筆がある。 旧訳聖書の「ヨブ記」、ヨブは神を畏れ敬う善良な人で、裕福に暮していたが、神とサタンが相談して、ヨブの信仰を試そうと試練を与える。 子供達を殺し、財産を奪い、病気にする。 ヨブは理不尽な不幸に、神に怒りをぶつけ、神の存在を疑う。 神が登場し、その偉大な力を見せつけられた結果、ヨブは「塵芥の中で悔い改めます」と沈黙する、めでたしめでたし。 岩崎久彌は彌太郎らと違い、書き物を一切残していない、戦後の財閥解体で、東洋文庫、清澄庭園など多くの岩崎家の資産を公的団体に寄付した。 江上さんは「神のものは神に返しなさい」という聖句を思い出し、久彌の潔さに感動した、という。

小石川植物園、京華学園、黒澤明、映画『赤ひげ』2022/02/18 07:15

 昨年の秋、ずっと行ってみたいと思っていた、小石川植物園へ初めて行った。 都営三田線の白山から、坂を上っていくと、左手に京華学園があった。 京華学園は、ここだったのかと思った。 京華学園は、明治30(1890)年本郷区龍岡町で磯江潤が創立、明治33(1900)年5月本郷区東竹町に移り、大正12(1923)年9月の関東大震災で焼けると、この白山の地(小石川原町)に移り大正14(1925)年12月に新校舎が出来たという。

 映画監督の黒澤明が京華中学だと聞いていた。 大正11(1922)年、府立四中の受験に失敗しての入学だから、東竹町に入り、何年生から白山に通ったのか、大正13(1924)年学友会誌に載った作文「蓮華の舞踏」が、国語教育で有名な小原要逸先生に「京華中学創立以来の名文」と褒められたという。 昭和2(1927)年卒業。

 小石川植物園、現在白山駅寄りの裏門は入場できず、坂を下りて正門から入る。 入園料は一般・大人500円(「小石川植物園」で検索すると、東京都文化財めぐり、TOKYOおでかけガイド、じゃらんなどは400円、他に教授が案内しているサイトに330円というのもあった。みな情報が更新されていない)。

 小石川植物園は、徳川幕府が337年前の貞享元(1684)年にここに設けた「小石川薬園」に源を発している。 その後、徳川8代将軍吉宗の享保の改革の折、享保7(1722)年に町医者小川笙船の意見により、貧困者のための施療所「小石川養生所」がつくられ、明治維新まで続いた。 この旧養生所の井戸は、現在も残っており、水質がよく、水量も豊富で、大正12(1923)年の関東大震災の時には、避難者の飲料水として大いに役立ったそうだ。

 「小石川養生所」で思い出すのは、黒澤明監督の映画『赤ひげ』だ。 昭和40(1965)年の東宝作品。 原作は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』。 三年の長崎留学を終えた若い医者が、小石川養生所への坂を上って、門から入って行くところから始まる。 加山雄三のデビュー作だったか、凛々しい若い医者の姿が印象に残っている。 赤ひげは、三船敏郎。 香川京子や二木てるみが出ている。 なぜか、たくさんの風車が、クルクル回っているシーンを憶えている。