星野道夫、亡くなる一年前の本『旅をする木』2023/01/31 06:59

 星野道夫は、1989(平成元)年には『Alaska極北・生命の地図』で第15回木村伊兵衛賞を受賞する。 1993(平成5)年、萩谷直子と結婚、翌1994年、長男・翔馬が誕生。 しかし、1996(平成8)年8月8日の午前4時頃、TBSテレビ番組『どうぶつ奇想天外!』取材のため滞在していたロシアのカムチャッカ半島南部のクリル湖畔に設営したテントでヒグマに襲われて死亡した。 まだ43歳だった。 アラスカに渡って18年暮らしたことになる。

 展覧会『星野道夫 悠久の時を旅する』のパンフレット、表題の下に星野道夫の言葉が引用されている。 「私はいつからか、自分の命と、自然とを切り離して考えることができなくなっていた。」

 落語を聴きに行って、本屋に入ったら、文庫本の平積みの中に、星野道夫『旅をする木』(文春文庫)があった。 単行本は、彼の死の一年前、1995(平成7)年8月文藝春秋刊。 文庫本は1999(平成11)年3月10日第1刷、その2022(令和4)年7月25日の第53刷。 カバーには望遠レンズを構える星野の写真、――誰もがそれぞれの一生の中で旅をしているのでしょう。――という引用、多くの人に〝人生を変えた本〟と紹介された、永遠に読み継がれるべき1冊、というキヤッチコピーがある。

 「新しい旅」という最初の一篇。 アラスカに暮らし始めて15年がたちましたが、ページをめくるようにはっきりと変化してゆく、この土地の季節感が好きですと始まる。 初夏が近づくフェアバンクス、夕暮れの頃、枯れ枝を集め、家の前で焚き火をしていると、アカリスの声があちこちから聞こえてきます。 残雪が消えた森のカーペットにはコロコロとしたムース(アメリカでヘラジカのこと)の冬の糞が落ちていて、一体あんなに大きな生き物がいつ家の近くを通り過ぎていったのだろうと思います。 頬を撫でてゆく風の感触も甘く、季節が変わってゆこうとしているのがわかります。 人間の気持ちとは可笑しいもので、どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから、人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。 きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。

 「北国の秋」では、アラスカの秋の様子を報告して、こう書く。 「無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。自然とは、何と粋なはからいをするのだろうと思います。一年に一度、名残惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません。」

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