渋沢栄一がヨーロッパで驚いた三つ2023/07/31 07:00

         等々力短信 第296号 1983(昭和58)年8月25日

                『新日本事情』のすゝめ

 渋沢秀雄さんの書いた父親、渋沢栄一の伝記、『明治を耕した話』(青蛙房)に、渋沢栄一がヨーロッパで驚いた三つのこと、というのが書かれている。 第一は、徳川昭武一行についたフロリヘラルドという銀行家から聞いた、株式会社の制度である。 銀行や会社が、大衆の小さな資本を集めて大きな仕事をしているのに、まず驚いた。 第二は、同じく一行についた陸軍大佐ビレットとフロリヘラルドの対等な関係だった。 「お武家様」と「町人」が、互いに自己主張もすれば議論もするのが不思議だった。 第三は、ベルギーの国王レオポルド一世が、鉄の有用さを説いた上で、将来日本が鉄を買うならベルギーから買いなさいとすすめた、その言葉だった。 身分のある人が、商売人のようなことをいうのにはびっくりしたが、渋沢栄一は一晩考えて、国を代表する国王が自国の利益を謀ることこそ当然と認めるべきだ、という結論に達した。

 「彼が驚いてくれたおかげで、後年の日本は近代化を早めた」と、渋沢秀雄さんは書いているが、驚くと同時にそれを実際にやってみようとするところに、注目する必要がある。

 福沢諭吉が「著作演説」を通じて啓蒙に努めたのに対し、渋沢栄一は果敢な実行の人であった。 ヨーロッパでの第一の驚き、株式会社を「合本法(がっぽんほう)」と称して、帰国後すぐに、慶喜隠退先の静岡で始めたことは前に書いた。 言葉は悪いが、世の中、こういう優れたオッチョコチョイ精神によって進歩していくのであろう。

 渋沢栄一と福沢諭吉の西欧文明にたいする観察の方法を調べているうちに、このやり方で現代日本を見たらどうだろうと考えるようになった。 日本というもの、毎日暮して、わかっているようでいて、実は何もわかっちゃあいない。 とりわけ総合的に、全体像としての日本をつかめていないように思う。 「未知の社会の一点」、たとえば官僚、コメ、受験産業、サラ金、健保、自衛隊、テレビ、流行歌、トルコなどといったものから出発して、「原理にまで一歩一歩迫ってゆく」現代日本探検をやってみたら面白いだろう。 明治維新から日露戦争まで、それから太平洋戦争終戦まで、そして今日まで、それぞれ約40年になっている。 21世紀を望む、新たな40年のシナリオになりうる『新日本事情』を、書いてくれる優秀なオッチョコチョイはいないものか。

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