柳家さん喬の「応挙の幽霊」後半2023/08/30 06:58

 (ドロドロ、ドロドロと太鼓が鳴る)寒気がした。 思えば、かみさんと暮らしていた時なら、半纏かけてくれた。 一人で長いことやって来たが…、律儀な男、思えば、思えば、この性(さが)。 ヨーヨー! 誰かいるのか? 隙間風か。 今頃は半七さん、どこでどうして。 ドウスル、ドウスル! 誰かいるのか? 何だ、お前は。 今晩は! あの床の間の掛軸から出て参りました。 アッ、エーーッ、不思議なことがあるもんだ。 お描きになったお方は、丸山応挙というお方。 九十円では安い、二百円位でもよかった。 相当、お儲けになった、そう欲張ってはいけません。

 一言お礼が言いたくて、出て参りました。 お聞き下さいませ。(鳴り物が入る) 私が生まれたその時は、きれいだといわれた。 ハナは大事にされたのに、お内儀とお子が気持悪いと言い出して、くるくると巻かれて箱の中、そして蔵の中、水一つ手向けてくれる人もなく…。 酒と肴、お線香にお蝋燭、本当に嬉しいことばかり。 出たくて出られぬ軸の中、丑三つの時を合図に、出て参りました。

 お礼の印に、お酌をしたい。 (幽霊の手付きをして)この徳利、好みです。 妙な持ち方だな。 幽霊の規則に反するので、手の平は見せられない。 ああ、旨い。 ご返杯。 ほんに、美味しい。 いける口だな。 少しは…。 この盃で。 オウ嬉しい、オットット。 盃は重ねるものと聞いております。 駆けつけ三杯という。 強いんですね。

 お礼に、歌でも。 幽霊さんの歌か。 はい。 ユーレイ、ユーレイ、ユーレイチーー! 都々逸はどうだ。 ♪あなたの優しい心に惹かれ、出て来た私が恥ずかしい。 ♪三途の川でも竿差しゃ届く、何故に届かぬ我が想い。 ♪針の山――ッ、お酒飲む人、花ならつぼみ、今日も酒々、明日も酒。 エー、ドンドン! 大丈夫か、シャックリしてるけど。 何、言ってやがる、この野郎、どんどん注げ。

 幽霊さん、幽霊さん! いなくなっちゃった。 掛軸の中で、真っ赤な顔して、寝ちゃったよ。 幽霊さん! 面倒くさい、ほっといてよ。 起きて、起きて。 うるさいね、寝かしときな。 いつまで、寝かしときゃいいんだ。 明日の、丑三つ時まで。

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