「一眼国」の全篇2007/04/04 07:54

 「一眼国」、早い話がそんなに長い噺ではない。 小三治は、回向院に見世物 小屋を一軒持っている香具師が、日本国中をへ巡っている六十六部をつかまえ て、噂でもいいから、何か見世物にできるようなものの話を聞いたことはない かと尋ねる、最初のところで、かなり引っ張った。 二、三日うちに逗留させ てあげる、また聞きや、あるそうだそうだ、というのでもいいというのに、六 十六部もしぶとくて、物覚えの悪いたちで、申訳ありません、ご勘弁を、の一 点張り。 おなか空いてんだろう、あったかいおまんまに、なにか好きなもの を、うなぎでも、さしみでも取ってあげよう、といっても駄目。 それでも、 ねばりにねばる。 実は、あったかいおまんまというのは記憶違いで、台所に あった冷たいおまんまに、四日前に葉をかえたばかりの茶がらのお茶をかけた、 お茶漬を五杯食べたところで、六十六部が恐ろしい目にあったことを思い出す。  方角は江戸から真北に百里、大きな原っぱがあり、その真中に大きな榎の木が ある。 一足ごとに暗くなって、人家は見当たらない。 鐘がごーーんと鳴り、 なま温かい風が吹いてきて、「おじさん」と呼ぶ、子供の声がする。 ふりむく と、七つか、八つの女の子がいて、手招ぎをしている。 その子は、ひたいの 真中に目が一つしかない。 六十六部は、逃げに逃げた。 後にも先にも、あ んな恐い思いをしたことはない、というのだ。

  見世物小屋の香具師は、江戸から真北に百里、大きな原っぱに出かける。 六 十六部とまったく同じ経過をたどり、女の子を小脇にかかえて、走り出すのだ が、方々の寺で早鐘の音、ほら貝がブーブー、人が湧き出すように追いかけて くる。 子供をほっぽり出して逃げるのだが、とうとう捕まって、たたきのめ され、ぐるぐる巻きにされる。 追いかけてきた百姓風のどいつもこいつも、 連れて行かれたところの役人の顔も、一つ目だった。 生れはどこじゃ。 生 れは江戸で。 かどわかしの罪は重いぞ。 おもてを上げよ、おもてを上げん か。 奴、珍しい、目が二つじゃ。 お裁きの前に、見世物に出そう。

 私も閑人だから行ってみようかと、家に帰って地図を調べると、江戸の真北 百里というのは、日本海の海の中、酒田沖100キロの地点であった。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック