柳家さん喬の「鼠穴」後半 ― 2024/11/30 07:06
ジャーーン、ジャーーン、ジャーーン! 旦那様、火事でございます。 どっちだ? 蔵前あたりで。 竹や、起きろ、火事だ。 どこが? 蔵前だ。 おら、行く!
あたり一面、火の海だ。 旦那様、お帰りなさい、いい塩梅に風向きが変わりましたので。 土蔵の鼠穴、目塗りしてくれたんだろうな。 してないのか。 大丈夫でございますよ。
エーーッ、一番蔵から煙が出てやしないか? 瓦を一二枚剥がすと、中から火が…。 ボンボン、火が燃え移り、観音開きの扉が開く。 火が屋根を吹き飛ばした、危ないから、みんな下がってろ。 一番蔵が焼け落ちた。 まだ二蔵ある、二番蔵、三番蔵だ。 だが、バババーーーッ、目の前で、十年が燃え尽きた。 怪我しなかったか、ワレの顔、真っ黒だ。 また、一から出直しだ。 手伝っておくれ。
しかし、奉公人が、一人、二人と辞め、番頭も辞めた。 また一緒に商売ぶとう。 どうだな、按配は? お前と俺とお光の三人で…。 兄さんのところへ、お光と行ってくる、薬を飲むんだよ。
竹か、えれえこっただったな、忙しくて見舞に行けなかった、わらしに饅頭でも…。 おらんとこ、丸焼けになっちゃって、兄さのところに頼みに来た、金貸してくれねえか。 いくら? 百両と言いたいところだが、五十両。 馬鹿こくな、五十両もの金を貸す馬鹿はいない。 話が違う、おらが土蔵の鼠穴が心配だと言ったら、兄さは、お前んとこが、丸焼けになったら、この身代をお前にくれてやる、と言ったじゃないか。 酒が言わせたんだ、誰が貸すか。 昔のおらだったら、一からやり直すところだが、かか様が患っていて、わらしもいる。 何、言ってんだ、貸せねえ、貸せねえ、帰れ、帰れ! 兄さ……、口の利きようが悪かった、三十両でもいい、この通りだ、貸してくんろ、他人でねえよ。 返す当てのない野郎に、貸すことはできねえ。 二十両でもええ。 駄目だ、駄目だ。 一両なら、ドブに捨てるつもりで、貸してやる。 おら、乞食ではない、お光、見ろ、これがたった一人の伯父様だ、鬼だ! 帰えれ!(と、打たれる)
江戸の町を、竹次郎とお光は、トボトボと帰る。 ねえ、お父っつあん、幾らあったら、元の通りに商売ができるようになるの? 五十両。 ふーーん、そのお金、私がこしらえる。 できるよ、できるもん。 お長屋の、お宮婆さんが、女の子は吉原というところに身を売ると、お金ができると言ったよ。 お父っつあんは、一生懸命に働いて、私のことを連れに来ておくれよ。 きっと、迎えに行くから、お光、辛抱しておくれ。
気を付けろ! なんだ、ぶつかって来て! アッ、お光が吉原に身を売ったお金を掏られた。 松の木がある、帯を解いて、首を吊ろう、お光、堪忍してくれ、お光ーーッ、お光ーーッ!
竹、どうした? お光ーーッ! アッ、鬼! お前んとこの、わらしがどうかしたか? ここはどこだ? おらがとこさ。 兄さとこか。 ハハハ、お前、十年前に貸した金を返しに来て、二人で酒を飲んで、枕並べて寝たんじゃないか。 お前が、あんまりうなされるもんだから……、悪い夢でも見たか? 夢、夢か! ハッ、夢か、ハハハハハ! 兄さ、夢だよ、ハハハハハ! 何を笑ってるだ? どうだら夢を見たんだ。
火事で店も蔵も丸焼けになって、兄さのところに、金を借りにきたら、貸してくれない、一両なら、ドブに捨てるつもりで、貸してやるって言うんだ。 ハハハ、いい役回りではねえな。 それから、娘のお光が吉原に身を売ってつくってくれた金を掏られた。 それで、首を吊ろうとした時、おらが起こしたのか。 おらは、命の恩人だな。 火事の夢は、燃え盛ると言って、春から繁盛するぞ。 えけえ夢を見たな、竹。 おら、あんまり土蔵の鼠穴を気にしたで。 ハハハハ、夢は五臓の疲れというからな。
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