柳家さん喬の「福禄寿」後半 ― 2019/02/02 05:42
アッ、福が来た…。 枕屏風を炬燵に立て回してある。 おっ母様、お寒く はありませんか、みんなご挨拶したいと申しますが、私が代りに参りました。 お父様は、竹と梅と一緒に、柳橋へ人力でお出かけで。 オラ、往生だ、往生 だ、なんて、おっしゃりながら。 私も、これから田中へ、仲間内の会がござ いまして、両国の田中へ。 貞吉が、伊豆善から酒を持って来てくれました、 年に何本かしか出来ない酒だそうで。 お重でございます、お料理を詰めまし た。 こちらに三百円ございます。 人がおいでになる、中にはお金の無心を する人もおりましょう。 はい、ご苦労様。
行ったよ、出ておいで。 炬燵の中は熱い、焼芋の気持がよくわかる。 三 百円、持ってお行き。 酒がどうとか、言っていたようだが…。 およしな。 大丈夫、一杯や二杯でどうなるもんじゃない、大丈夫ですよ。 なるほど自慢 して持って来るだけのことはある、何ともいい酒だ。 料理もお食べ。 酒は もうおよしなよ。 駄目だという酒を、何杯も飲んで、すっかりいい気持にな って、お父っつあんによろしく、これでご無礼を。 大丈夫かい。 傘、貸し てくれないか。 持ってきな。 禄、子供の頃から、足を引きずる癖がある、 雪に足を取られないように。 禄、今度来る時は、その敷居を跨がずに来てお くれ。 じゃあ、お達者で。
よく降りやがって、おーーッ寒い、ヘーーッ! 裏路地を通る人がいる。 雪 の朝二の字二の字の下駄の跡。 お袋は、いつまでも子供扱いだ。 お袋はよ く知ってやがんな、雪に足を取られるなんて。 オッと! 三百円、久しぶり に吉原へ行くか。 よそう、仙台の土地を買い占めて、一晩で十倍、二十倍、 ハッハッハ、大金持だ、オラ。 ♪富士の白雪ゃ朝日で溶ける 溶けて流れて 三島にそそぐ 娘島田は口説の中で寝て溶ける。 小さな傘は、雪の中に吸い 込まれて行く。
それは帳場の方へ、私はおっ母様のところへ。 下駄の歯の間に、何か挟み 込んだ。 さっき、おっ母さんに渡したお金だ。 おっ母様、お怪我はありま せんか、福ですが…。 お怪我? 盗っ人が入ったんじゃありませんか。 入 りませんよ。 これはさっきお渡ししたお金です、そこで私の下駄の歯の間に 挟まりました。 何て、運のない子だ、これから先、あの子は乞食になるより 仕方がない。 禄の奴がやって来てね、用立てることはできないと断わると、 死ぬのなんのと言う。 お前さんが下すった三百円、あの子に渡してしまいま した。 このお金を落して、この先、野垂れ死にするより仕方がない。 馬鹿 な母親だと、笑ってやって下さい。 兄(あに)様に渡してもらおうと、おっ 母様にお渡ししたんです。 兄様がお気の毒、お可哀そう。
福、あの子はねえ、人より大きなことをしよう、しようとする、二升枡に三 升も四升も入れようとする。 大きな枡を持ちたがる。 人の暮しは天から授 かるもの、十円には十円の暮しがある。 それが、あの子は大きな暮しがした い。 福、辛い思いばかりさせて、すみません。 私ども兄弟は、お父っ様に 拾って頂きました。 父様、母様、兄様に、ご恩を返そうと…。 それがかえ って、辛い思いをさせてしまって、堪忍して下さい。
トントン! ここを開けて下さい。 アッ兄様、兄様です。 福、おっ母様、 堪忍して下さい。 福が恵んでくれた三百円を探して、門口まで来て、今の話 を聞きました。 初めて知りました、堪忍して下さい。 兄様、そんなことを おっしゃらないで下さい。 福、頼みがある、三百円の中から十円だけ、恵ん でくれないか。 今の私には、十円でも多いかもしれない、十円で父様母様が 満足してくれる人間になろうと思うんだ。
禄太郎は、福島で土地を開墾し地道に農業に励み、やがて北海道へ移って亀 田村を開拓いたしました。 三遊亭圓朝作「福禄寿」というお噺でございます。
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