平凡な日常の中から、心のときめきを詠む ― 2023/05/06 07:04
その番組、俵万智さんのプロフィール、全体像も見事簡潔に伝えた。 19歳、早稲田大学で途方もない自由を短歌を詠むことに感じ、歌人の佐々木幸綱教授に「君、新しいね」と言われた。 高校の国語教師となり、24歳で『サラダ記念日』を出版、ふだんの会話で使うような平易な言葉を用いて、誰もが抱く想いを文学に昇華できることを示して、社会現象となり、伝統的な短歌の世界を一変させた。 <「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ>。 34歳、チャレンジを一番したという第三歌集『チョコレート革命』を出し、複雑な恋や大胆な性描写が話題になった。 <焼き肉が好きという少女よ 私はあなたのお父さんが好き><水蜜桃(すいみつ)の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う>。
それからの6年間は、テーマありきの注文に応えて、そこそこ上手に使える言葉を使って、言葉から言葉を紡いでいるに過ぎないんじゃないかと思う迷走期で、次の歌集が書けなかった。 「心がどんどん置き去りにされる。だから言葉と心は一対だってことを忘れずに言葉は使うってことかな、言葉には必ず心が張り付いている。」「言葉から言葉紡まず。」
40歳、息子を授かり、シングルマザーの生活が始まった。 息子の日々の成長を見つめる。 <生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり><眠り泣き飲み吐く吾子とマンションの五階に漂流するごとき日々> 原点に戻してくれた歌、初めて短歌に出合って、知った時の感じだった。
仙台で東日本大震災に遭遇、48歳から5年間石垣島へ移住、さらに宮崎市で暮らし息子は五ヶ瀬の全寮制の学校に入った。 60歳を前に仙台に戻った。
五十肩や甲状腺、老いも病いも肯定的なものととらえて、歌をつくっていけたらいい、と言う。 <五十肩正式名称肩関節周囲炎也深夜激痛>
悲しいだけの歌は詠まない。 出来るだけ、いいところを見つけることに、自分自身がときめく。 9割悲しくても、1割の前に進む気持を歌にする。 <さよならに向かって朝がくることの涙の味でオムレツを焼く>
『プロフェッショナル仕事の流儀』の密着を受けたこの数か月、不思議なスイッチが入り、平凡に生きている中で歌はいくらでも詠めるんだということを、しみじみ思えた。 平凡な日常は油断ならない。 百首余りの短歌から、五十首連作「アボカドの種」を『短歌』2月号に掲載した。 <言葉から言葉つむがずテーブルにアボカドの種芽吹くのを待つ> 食べたアボカドの種を水栽培している、「それが一大事である日常って、平和だよね。それに立ち止まらせてくれるのが、短歌なんですよね。逆に短歌をつくっているから、そういう自分でありつづけられる。」
そして、「プロフェッショナルとは?」の答。 <むっちゃ夢中 とことん得意 どこまでも努力できれば プロフェッショナル>
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