柳亭市馬の「らくだ」後半2024/08/30 06:59

 らくだ、そこへ置け。 大家、一尺ばかり飛びあがったな。 もう一軒、行ってもらいたい。 棺桶がない、表の八百屋で、菜漬けの樽をもらってこい。 寄越すの、寄越さないのって、言ったら…。 カンカンノウですか、楽しくなってきた。

 らくだが死んだ、いいね、結構、結構。 菜漬けの樽をもらいたい、棺桶代わりにするんで。 とんでもねえ、らくだは、いつも店の品物をつかんで行くんだ。 貸してもらってもいい、洗って返すから。 駄目だ。 どうしても駄目なら、一言言わなきゃならない。 (嬉しそうに、)死人にカンカンノウ踊らせてみせようって、こうお座敷がかかるとは思わなかった。 大家さんちで、やった。 持ってけ、持ってけ! 縄と、天秤棒も。 持ってけ、持ってけ! カンカンノウで、なんでもくれる。

 婆さんが届けてきた、早かったな、酒はいい酒だ、これで通夜ができる。 一杯、やってけ。 あたしは、行かなきゃあならない、カカアとガキにお袋、店賃の五人暮らしで、商売に出ないと、釜の蓋があかない。 清めてから、行け。 飲んでけ、やさしく言っているうちに。 半分にして下さい。 こんな大きな物で、いっぱいに。 いい飲みっぷりだ、もう一杯やれ。 水みたいに飲むな、味わえ。 駆け付け三杯だ。

 なんで、いちいち、睨むんですか、くたびれるでしょう。 もっと、楽に生きたらいい。 親方、上が空いてるよ、もっと注いで。 これだ、ん、うまいね。 こんないい酒をくれる。 カンカンノウはよかった。 俺、お前さんが好きだ。 いい性分だね。 一文もなくて、江戸っ子だね、これだけの支度をしちゃう。 俺も因果と同じ性分で、お袋にも言われるんだけれど、性分だからしかたがない。 罪も報いもない。 いい絵がある、一枚買えと言われて、二分取られちゃった。 肌脱ぎになると、背中に刺青があって、二分はそのままだ。 極楽なんか、行かせるものか。

 チュー、チュー、茶碗の底をさらった指を舐める。 もう一杯くれ。 それ位にしといたほうが、いいんじゃないか。 釜の蓋があかないんだろう。 どこの釜の蓋があかないってんだ。 注げ、注げ、注げってんだ。 やさしく言ってるんだ、だから注げ、ケツを上げろ、お前のじゃない、徳利のケツだ。 そうだ、そうだ、煮しめも一つどうですか位、勧めろ。 ん、よく煮えている。

 そうだ、頭をまるめてやろう。 路地の突き当りが女所帯だから、剃刀を借りて来い。 貸すの貸さないのと言ったら、カンカンノウだ。 行ってくるよ。

 可愛いところがある、早いな。 ご苦労さん。 頭を湿そう、酒で。 アッ、飲んじゃった。 プッ、プーーーッ! よし、おっかなびっくりやるな、死んでるんだ。 死んでても、血が出る。 菜漬けの樽に、二人で入れて、蓋をかぶせて、一、二、三で押さえる。 バキッと、いった。 荒縄をかけ、天秤棒で担ぐ。 お前の寺は? ない。 落合の焼き場、火屋(ひや)に安公って知り合いがいる。 ドッコイショノショと二人で担ぐ。 弔えだ、弔えだ! こりゃ、こりゃ! そう、威勢つけるな。 人が見て、笑ってるよ。

 姿見の橋だ、ドッコイショノショ。 あれが日本一の火屋だ。 オッと、ひっくり返った。 どうしたい、道がえぐれている、穴ができてる。 肩を換えよう、軽くなった。

 焼き場の明りだ、安公、開けてくれ。 だれだ、久さんじゃないか。 内緒で焼いてもらいたい、切手がないんだ。 やかましいんだよ。 頼むよ、香典そっくり渡す、博打も棒にひくから。 菜漬けの樽に、仏が入ってないぞ。 あれ、さっき土橋でずっこけた時に、落っことしちゃったんだ。

 早く、戻ろう。 淀橋近辺には、願人坊主、乞食がいた。 素っ裸で寝ている奴を拾う。 痛え! 死んでるくせに、うるせえ。 アラ、ドッコイショノショ、拾ってきたよ。 そのまま、火の中に入れな。 熱いよー、熱いよー、何すんだよー。 生き返りやがった。 なんてことをしやがるんだ、ここは、一体どこだ。 ここは、日本一の火屋だ。 なに、ひやだ? 冷酒(ひや)でもいいから、もう一杯くれ。