「この島で最期まで~礼文島・父子でつなぐ医療~」2022/09/02 07:13

 実は、2020年3月から細々とtwitterをやっている。 馬場紘二@goteikb1 8月27日の夜、偶然、総合テレビのNHKスペシャルで、「この島で最期まで~礼文島・父子でつなぐ医療~」を見て、感激し、NHK北海道の番組紹介をリツィートして、28日朝、こうツィートした。 「この番組を見て、感動しました。『この島で最期まで、父子でつなぐ理想の地域医療』。父升田鉄三さん(68)は、長年、生まれた島で最期を迎えられる医療を地道に作り上げ、3月に定年、バトンは息子晃生さん(36)に引き継がれている」と。

 礼文島の人口は2300人だが、毎日80人が診療所(医師は升田父子、スタッフは24人)を訪れるという。 白髪の父鉄三さんが、おだやかで、やさしく、見るからに島民に深く信頼されている。 透析の設備のない礼文島で、家族と離れ札幌など島外の病院で治療を受けなければならなかった女性は、鉄三先生が設備を導入し、技術も習得したことで、島で家族や周りの人に囲まれて暮らせるようになった。 鉄三先生の努力で、診療所は次第に設備の充実が進み、MRIも備えている。 鉄三先生自身が、血液のがんといったか、病気をかかえていて、時折、島外の病院に入院する身にもかかわらず、そんな顔はけして見せない奮闘の日々だった。

 その姿を見て育った息子の晃生さんは消化器外科の専門医となったが、同期の仲間が世界各地で活躍する中、父の跡を継いで、礼文島の医療を担う決断をした。 礼文島に桜を植え続けてきた桜守の老人が、がんになった。 晃生さんは、往診をつづけて、父と同じ優しさで、寄り添い励ましている。 いい顔をした桜守が、苦しそうな顔になった。 自宅での療養が無理になり、診療所に入院する日、晃生さんは桜守を、彼が植えてきた桜の園を通り、車の窓から桜を見せて、桜のつぼみの写真を撮って来る。 桜守は、自分の詠んだ妻に感謝する桜の歌を聞かせた。 4日後、桜守は亡くなった。

 父が定年退職し、嘱託となった診療所を、息子の晃生さんが担う。 新たに、産婦人科の遠隔診療設備を整え、リモートで島外の専門医に診てもらっている。 胎児の画像を見て、生まれる前からの島民の健康に関われることに、大きな喜びを語っていた。

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