五街道雲助の「やんま久次」後半2023/11/05 07:00

 ここに呼び込んで、腹を切らせましょう。 拙者に、いささか考えがある。 伴内殿、この場で腹を切らせる仕度を。 畳二枚を裏返し、白い布を敷き、四隅に青竹を立てる。

 大竹大介が久次郎を後ろ手に取って引き立てる。 兄上、お達者でなにより。 こちらへ参れ。 兄の久之進が唐紙を引くと、切腹の場所。 何事でございます、浜町の先生。 貴様は博打三昧、よんどころ無い無法者だ。 生かしておけば、青木の家名にも障る。 大竹、介錯つかまつる。 刃物は、儂の差し添えを貸してつかわす。 腹の切りようを忘れております。 不憫なり、家名を汚さぬよう、大竹大介、貴様の素っ首を斬り落としてくれる、頭(こうべ)を伸べろ。 御免なすって、死ぬのはいやだ、命ばかりは御助けを。

 大竹さん。 これは、御母堂。 この虚(うつ)け者、お手打ち、ごもっともなれど、改心しているようでございますので、私にお預けを。 御母堂様のご意向ならば、話をしてと、大竹大介、奥へ入る。

 住まいは本所か、途中まで同道するぞ、久次郎。 ご門番様、お役目ご苦労様で。 九段の坂を下りると、田安の櫓に灯が入っていた。 最前は驚いたか、その方に渡すものがある。 ご母堂様から預かった、観世音菩薩の巾着袋に納められた小粒が三両ばかり。 これで身なりを整えて、侍奉公がかなったら、お屋敷へ行き、ご母堂様の御恩に孝、兄上の殿様には忠、骨の髄まで身に沁みて、生きるように。 先生、今度お会いする時は、四角の帯に裃(かみしも)でお礼に参ります。 ありがとうございました。

 懐に手を入れ、金をつかんで、カラスやネズミじゃあるめえし、コウ(孝)のチュウ(忠)だのと、御大層な御託を並べやがって。 よく聞けよ、道楽で、ぼうふらの生餌で金魚を飼い、鈴虫を来年は殖やして差し上げましょう、米のとぎ汁を朝顔にやって毎朝咲く花を楽しむような生活をしていては、俺のように賭場で取られ取られて地獄の縁に片足を入れたような思いをしたことはあるめえ。 ただ剣術を習ったわけではない。 ふるいつきたくなるような女を手籠めにする味も、生涯知るめえ。 人間五十年、俺のやりてえことをやる。 大べらぼうめ!(チョン、と柝が入る)