硫黄島からの手紙 ― 2006/08/16 06:38
きのう終戦の日、朝日新聞朝刊に、クリント・イーストウッドの監督した硫 黄島の映画の全面広告が出ていた。 アメリカ側から見た『父親たちの星条旗』(10月28日公開)と、日本側から見た『硫黄島からの手紙』(12月9日公開)の 二本だ。 クリント・イーストウッドは、日本側から見た映画の説明に「若い 日本兵たちは島へ送られたとき、十中八九、生きては戻れないことを知ってい ました。 彼らのいきざまは、歴史の中で描かれ、語られるにふさわしいもの があります。 私は、日本だけでなく世界中の人々に彼らがどんな人間であっ たかをぜひ知ってほしいのです」と、書いている。
梯(かけはし)久美子さんは、栗林忠道総指揮官の娘・たか子さんと一緒に、 硫黄島に行った。 「故郷の空」を歌うような16,7歳の少年兵の話になり、「父 は幸せでした。最後まで部下がついてきてくれた」と言って、それまで泣かな かったたか子さんが初めて泣いた、という。 梯さんは、栗林忠道を取材して いて、部下やその遺族から、栗林批判は一切出なかったそうだ。 やさしい人 で、とくに下の人にやさしかった。 水がなくて、一人一日水筒一本と定めた が、それは位の上の人も、もちろんご自身も、そうした。
硫黄島からの手紙は、栗林忠道の40数通を始め、たくさん残っているそう だ。 木更津からの非武装の輸送便、命がけでそれを運んだ人がいた。 梯久 美子さんは、そうした「伝える、運ぶ」仕事は素晴しい、自分もそのパイロッ トのような仕事が出来ればいいなと思っている、と話した。
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