菊之丞の「お見立て」2014/12/02 06:52

 お酉様が終って、冬本番、と始めた。 今年は二の酉まで、いつも浅草の鷲 神社に行き、熊手を買って帰る。 熊手は七億円しませんよ、渡辺喜美はいな かった。 お参りしようと、列に並んでいると、四十半ばの女性がケータイで がんがん怒鳴っている。 今、どこにいるの、どっかにひっかかって飲んでん でしょ、早く来なさいよ、師匠。 師匠? と、見ていると。 来ましたよ、ヨ ネスケ師匠。

 吉原、今は千束三丁目なんて、色っぽくない名前になっているけれど。 昭 和33年4月1日になくなった、親の命日は忘れても、その日は忘れない、先 輩方は、まだそれがある頃に行っていて、お前達は可哀想だ、と言う。

 こんな台風、大嵐の日に行けば、こてこてにいい目に合うんじゃないか、と 行ってみると…。 ズラーーッと並んでいる。 みんな考えることは同じだ。  大門そばの寿司屋、渥美清が居候していたとかいう店に、若き日の志ん朝師匠 のパネルがある。 師匠なんかは、行ってるんですよ。 イザッていう時に、 「怖い」って言うと、可愛がってくれる。 それを聞いた先代の円楽が、「怖い」 って言ったら、「あんたの方が怖いわよ」。 手練手管が、渦巻いている。

 男に、うぬぼれのないものはない。 喜助、コケコイ! これは、これは杢 兵衛大尽。 喜瀬川のアマッコを、呼んでもらうべえ。 立て込んでいまして ね。 喜瀬川さん、回ってもらわないと困ります。 田印、嫌だね。 お金が 出来たからって、言ってますが。 いいのよ、患(わずら)っちゃったことに して。 何の病気で。 見繕って。 杢兵衛大尽のお出でがないので、恋患い ということに。

 見舞ってやるべえ、案内ぶて。 けっこうよ、病院に入っていることにして。  病院はどこか、聞いて来い。 死んじゃったことにして。 先月の28日、ち ょうど非番でしたので、病院へ行くと、鍋焼きうどんが食べたいと申しまして、 食べながら鍋焼きうどんは杢兵衛大尽が大好きだったと、涙をポロポロこぼし たのが、今生の別れとなりました。 ホーホー。 鳩かな。 鳩でねえ、おら が泣いたんだ。 墓参りすべえ、寺はどこだ。 山谷で。 馬鹿ねえ、もっと 遠くだと言えばいいのに、行っといで、墓参り。

 少ないが、香典代わりに取っときな。 この寺です。 立派な墓ばかりだ、 洒落のきかない寺だな。 たくさんの花で墓を隠し、線香をぼーぼーと焚く。  この墓で。 「アンモウコウタク信士」、男の墓でねえか。 こちらでした。 喜 瀬川、堪忍しておくれ。 「シネン童女 享年三歳」、子供の墓だぞ。 こちら で。 「故陸軍歩兵上等兵」ではないか。 こんだけございます、よろしいの をお見立てを。