鯉昇の「芝浜」後半2014/12/30 07:49

 勝五郎、人間がガラッと変わった。 そういうことは、ないんだそうですが …。 五日、六日、家へ帰ると、脚の折れた卓袱台が転がっている。 二十日 で、商いが面白くてならなくなる。 もともと腕のいい魚屋だから、お得意も 戻った。 やがて新道あたりに小さな店を持ち、若い衆の二、三人も使うよう になる。

 今日はもう掛取りは来ないよ。 売掛けの残りも、取りに行かなくていい、 こっちにも憶えがあるからな。 みんな、湯へ行って来な、そばの器、お店に 届けて。 家の中が、明るくなったな。 畳屋が床ごと、替えていってくれた。  畳の匂いがたまらねえな、昔っからよく言うな、畳の新しいのと、かかあの… …。 ひでえ時があったな、三年前、俺が押入れに入って、お前が掛取りをみ んな言いくるめて、帰してしまった。 米屋の番頭が、忘れ物をして戻って来 た。 お前が、風呂敷を頭からかぶせた。 あの番頭、洒落たことを言いやが った。 冷えますね、風呂敷も震えていますよって。

 茶を淹れてくれ。 お飾りの笹が、いい音を立てているな。 お前さん、飲 みたいだろうね。 ちょいと、お前さんに見てもらいたいものが、あるんだよ。   私の話を終いまで聞いてもらいたい。 汚たねえ財布(せえふ)だな、ヘソ クリか、ずいぶんやりやがったな。 数えてみておくれ。 二分銀で四十二両 もあるじゃねえか。 憶えがないかい。 あれ、夢じゃないんだ。 お前、あ の時…。 終いまで聞いておくれ。 あの時、家を出たり入ったりしていると、 大家さんに見つかった。 三尺高い所で仕置きを受ける、よくて島送りだ、夢 にしちまえ、それが収まりがいいと言われた。 お前さんは人がいいから、私 には穏やかな日は一日だってありませんでしたよ。 風邪ッ気でも、雪の中を 飛び出して行った。 半年でお下げ渡しになったけれど、お前さん、楽しそう に働いているんで、言いそびれた。 私は疲れちゃった、肩の荷を下ろさせて もらおうと思ってね。 打(ぶ)たれようと、蹴られようと、かまわない。 ち ょっと、待ってくれ、エレエな、お前は。 そうだ、三尺高い所でお仕置きを 受け、よくて島送りだ、今頃はよそ様の軒下で震えていなきゃあならなかった ところだ。 打たないのかい。 お前に礼を言っているんだ。 私は出てけっ て言われたら、出て行こう、その前にヤケ酒をやろうと思っていたんだよ。 酒 をつけていたのか、畳だけの匂いじゃあないと思ってた。 これだけ世話にな ったお前と、離れる訳にはいかない。 ヤケになって注ぐんじゃねえ、酒は米 の水と言ってな。 ありがてえ、いいのか。 いいや、よそう、また夢になる といけねえ。