川瀬巴水展―郷愁の日本風景― ― 2015/01/11 07:26
9日、日本橋高島屋に生誕130年「川瀬巴水展―郷愁の日本風景―」を見に 行った。 暮と正月にNHKの「日曜美術館」で1月に千葉市美術館でやった 時の再放送があり、期限が12日までということもあったのか、大変な混雑だ った。 版画で小さい画面だから、前に立つとなかなか進まないし、間から覗 くのもちょっと難しい。 川瀬巴水版画の人気を、改めて実感した。
川瀬巴水(かわせ・はすい、1883(明治16)年~1957(昭和32)年)の版 画は大好きで、特にその<東京十二題>や<東京二十景>などの東京の風景は よく見ていた。 巴水は、私が生まれ育った品川中延に近い馬込に、昭和5 (1930)年から住んでいたから、その作品には代表作の「馬込の月」や「芝増 上寺」を始め、千束池、池上本門寺、矢口、愛宕山など、馴染み深い場所の美 しい風景があった。 今回の展覧会で、巴水が東京だけではなく、それこそ全 国津々浦々の、風景を描いていることを知った。 私の特に懐かしいものだけ でも、伊豆の三津浜からの淡島越しの富士、西伊豆堂ヶ島、上州法師温泉など があった。 三津浜は昭和28(1953)年の作品だったから、同じ時に滞在し ていたかもしれない、と思った。
巴水は、同じ鏑木清方門下の伊東深水の連作木版画<近江八景>(大正7 (1918)年)を見て、木版画の魅力に打たれ、以後、生涯を通じて日本各地を 隈なく旅行し、旅情あふれる版画を制作した。 そんな巴水を、当の伊東深水 が「旅情詩人」と呼んだという。 生涯に残した木版画は600点を超え、「昭 和の広重」とも称えられているそうだ。
「日曜美術館」では、巴水と渡邊庄三郎との出会いを、取り上げていた。 巴 水が版画と出会ったのは35歳の頃、学んでいた日本画でなかなか芽が出ず苦 しんでいる時だった。 渡邊庄三郎は版画店の店主で、“新版画”という新しい 試みに挑んでいた。 “新版画”は、浮世絵の技法を受け継ぐ彫師、摺師の熟 練した技術を用いながら、摺りむらやバレン跡をそのまま生かすなど、浮世絵 の常識を打ち破り、新時代の版画を生み出そうとするものだった。 番組は、 巴水の「三十間堀の暮雪」(大正9(1920)年)の再現を試みていた。 版木が 失われているので、どうやって摺ったのかわからない。 摺師は、タワシを用 いて、降り込める雪の感じを出そうとしていた。
その再現実験を見て、改めてわかったことがある。 彫師、摺師という無名 の職人の存在である。 巴水は原画を描き、彫師が版木を彫り、摺師が摺った。 巴水と渡邊庄三郎は、それを指示し、あるいは作業にも立ち会ったかもしれな い。 版木を何枚にするか、どうやって原画の感じを忠実に出すかは、彫師、 摺師の領分であろう。 だが、名の残るのは、巴水だけである。
若い時、版画ならなんとか買えたので、銀座の渡邊木版美術画舗を覗いてい たことがあった。 わが家にその名残りが、廊下の秋山巌さんの「雪の曲り屋」 や、寝室の森義利さんの<職人シリーズ>「畳屋」「藍染」として残っている。
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